外に出ると、空には灰色の雲が垂れ込めていた。
止みきらない雨がパラパラと髪にかかった。
「せめて晴れてたらなあ」
ため息を吐くと、ケビンが頷く。
「それかせめて、夜だったらね」
パーカーのフードを被り、建物に挟まれた通路を行く。
細い道を抜けると、二人して上を見た。
どんよりとした空の下に、それでも観覧車は立っている。
階段を上れば乗り口は目の前だ。
平日の昼間、ゲートを開けたばかりの観覧車の周りに人は少ない。
「シースルーのもあるんだ」
「まあ、普通のでいいんじゃない?」
二つ隣のゴンドラを待つ時間を惜しんで、普通のゴンドラに乗り込む。
外からはゆっくり動いるように見えたそれは、意外なほどに速く、俺とケビンの視点を高くしていく。
「うわ、やっぱりすごい」
「乗ったことはあったよな?」
「うん。でもこんな大きいのは初めて」
ケビンはアクリルの窓に張り付いて、無意識に感嘆の声を漏らす。
外を向くと、相変わらずの天気で。
それでも、景色は悪くなかった。
大きな橋と、その向こうに見える赤い塔。
もう少し北に、新しい塔。
海の側にも大きい橋がある。
「乗ってよかった」
「うん」
思わず呟く頃には、ゴンドラは頂上にまで来ていた。
残りは半分。
気付いてみればあっという間だ。
ケビンは向かい側で、変わらず額を窓に押し付けている。
晴れていたら。
夜景だったら。
もっと綺麗だったかもしれないけど。
ケビンは満足しているようで。
うん、来てみてよかった。
そう言おうと口を開きかけたとき、俺の電話が鳴った。
「誰だろう」
取り出して画面を見ると、スヒョン兄からだった。
「もしもし、スヒョン兄?」
休憩時間中とは言え、姿が見えなくてかけてきたのだろう。
『今どこにいる?』
「観覧車」
『え? 何だって?』
「観覧車のゴンドラの中にいる」
『バカ言うな』
「本当だよ」
一瞬の沈黙の後、一段低くなった声が言う。
『本気か?』
「だから本当だって。下についたら大急ぎで戻るから」
『ケビンも?』
「うん。一緒にいる」
スヒョン兄はため息を吐く。
『見つからないようにな』
「努力する」
じゃあ、と言って電話を切る。
ケビンと顔を見合わせ、2人して吹き出した。
「戻ったら怒られるね」
「ああ、間違いないな」
スヒョン兄たちに知らせて出るわけにはいかなかった。
絶対に止められるから。
ノリの良い誰かならついて来たかもしれないが、2人だけで乗りたかったのだ。
「そういえばさ」
電話で思い出し、俺は口を開く。
「スヒョン兄が前に彼女と観覧車に乗って、一番上でキスしたんだって」
「へえ、ロマンチックだね。ヒョンらしくない」
「でも、一番上ってゴンドラが横に並ぶから、隣の人たちに見られてたって」
「あはは、ドジだね。ヒョンらしいや」
ケビンはひとしきり笑ってから、まっすぐ俺を見た。
「つまり、こうするのが正しいってことだね?」
俺たちの乗ったゴンドラは、観覧車の半分くらいの位置にあった。
ケビンは立ち上がって、俺の隣に座り直す。
重心が動いて揺れるゴンドラの中で、俺はすぐ横に来たケビンの唇にキスをした。
上目遣いで微笑み合ってから、俺はケビンの肩を抱いた。
もうすぐに下について、スヒョン兄たちに怒られに戻ることになる。
今回はそれでも構わない。
けれど次は、晴れた日の夜に。
シースルーのゴンドラを待って。
「また来ような」
「うん」
ゆっくりと動くゴンドラの、扉が外から開かれる。
俺はケビンの手を取って、ゴンドラを降りた。