陰ヨガをやっていたある日のこと。草原にそびえる塔と、その草原でものすごく大きな後悔に打ちのめされながら、地面にうずくまっている人、たぶん、男性のイメージがでてきた。

今回リーディングをして、最初に出てきた過去生がこれだった。
私は修道女で、毎日暮らしのための仕事をして、祈りをする、熱心な敬虔な修道女だった。

だけど、「すごく重いエネルギーが感じられて...」とリーディングをしてくれた人がいう間、私自身も、足元から、ものすごくどす黒い嫌なものを感じられた。リーダーが次の言葉をいう前に、「性的虐待をい受けていた」ということもわかった。

そこにいた老年の神父に、私は虐待を受け、神を信じたいがため、拒むことが出来なかったらしい。

私は次第に、自分自身が穢れてしまったことを嘆き、
精神を病み、悪魔に支配され、自分自身を傷つけ続けながら生きていたのだと。

神父が抱えた罪も自分自身と同化してしまっていたようで。

なるほど、私が今でも他人の感情と自分の責任に線引きができていないことの原因がこれだったのかな、と納得できた。

境界がひけていないため、草原にうずくまる神父を自分と勘違いしてしまったのだと。