2本目の作品は
いささか地味に けれどもクリスマスシーズンにふさわしい素晴らしい作品です!
ネットより解説を拝借↓
イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの小説「クリスマス・キャロル」の誕生秘話を描いたファンタジードラマ。1843年、ヒット作を生み出すことができず、家族と貧乏生活を送っていた小説家チャールズ・ディケンズ。新作の執筆に没頭するディケンズは、小説の世界に没入し、現実と幻想の境界線が曖昧になっていく。のちに自身が生み出すこととなる「クリスマス・キャロル」に登場するスクルージらと出会い、隠された幼少期の記憶や実父との確執など、ディケンズ自身の問題と対峙していく。ディケンズ役を「美女と野獣」のダン・スティーブンス、スクルージ役を名優クリストファー・プラマー、ディケンズの父親役をジョナサン・プライスがそれぞれ演じる。
クリスマス・キャロルは原作も読み、以前 映画でも観ていたので 興味をそそられました。
実は傑作クリスマス・キャロルは簡単に出来上がったわけではなく 多少デフォルメされているにせよ ディケンズの思い出したくない辛く悲しい過去や実父との確執に向き合って 苦しみもがきながら生まれた深いストーリーだったのだと知り いっそうクリスマス・キャロルに対する愛着がわきました。
構想を練る最中に現れる登場人物たちに翻弄される場面は圧巻です。
重い鎖を体中に巻き付けたマーレイの亡霊(スクルージの元共同経営者)の「これは自分が作った鎖だ」という言葉にハッとさせられます。強欲で貧しい人を助けることはなかったマーレイの場合だけにとどまらず、多かれ少なかれ私達も自分で様々な鎖を作り出し自分に巻き付けているのではないか?と思ってしまいます。
冷酷なスクルージとひんぱんに対話しそこに見たくない自分の姿を重ね反発しながらも しだいに封印していた過去の記憶がよみがえり苦悶するディケンズの心の葛藤が描き出されます。
ストーリの結末を 自分に重ね合わせ 頑固なスクルージが変わることはなく 雇っている部下の病気の子供が貧しいがゆえに死に瀕していても手を差し伸べることのないスクルージの末路は悲惨な結末にしようとするディケンズに 「スクルージが生き方を変えて部下の病気の子供ティムを救うストーリーにするべき」と抗議した心優しいメイドに「人は変われるものではない」とディケンズは怒鳴り メイドは解雇されてしまう。
しかしその後の展開で劇的にディケンズの心境に変化が表れ ご存知の感動的なクリスマス・キャロルのストーリーが完成するわけです。
クリスマス・キャロルのストーリーの中では スクルージは幽霊に 過去、現在、未来の自分の姿を見せられます。素朴で寂しい少年時代、失恋に傷ついた青年時代、さらに別れを告げた恋人がその後、幸せな結婚生活を送っている事を知り激しく動揺し幽霊に掴みかかります。
現在の姿では クリスマスにはいつも自宅に招いてくれる心優しい甥っ子フレッドがいるのに 頑なに招待を拒むスクルージ。申し出を断られたフレッド家族の落胆と楽し気なパーティの様子。スクルージに安月給でこき使われている部下のボブの家では貧しいながらも暖かい団らんが繰り広げられているものの一番下の足が不自由で病気がちな男の子ティムが治療費を工面できないため 余命も長くはないと知らされます。
最後に未来の姿では 哀れなティムは亡くなり 誰も愛さず誰からも愛されず 頑固に生き方を変えることのなかったスクルージの 寂しく哀れな最期を見せられて始めて 自分の生き方を心から後悔し目が覚めます。
時は折しもクリスマスの朝、まだ間に合うと思ったスクルージの行動の早さはみごとでした。
ケチとは言え もともとは真面目で辛抱強く仕事熱心だった人間です。ただ方向が間違っていただけです。
人間らしい心を取り戻した彼は 自分が何をすべきなのかはっきりと悟ったのでした。
お金もないのに見栄っぱりな父親を嫌っていたはずのディケンズも家計を考えずに高価な家具調度をしつらえるなど知らず知らずのうちに同じ傾向を受け継いでいるところが皮肉だと思いました。新作を必死に創作する最中に予告もなしに押しかけて来た父親に苛立ちを覚え、衝突するうちに 封印されていた過去のわだかまりがマグマのように沸々と噴き出し爆発したのが 結果、本物の作品を生み出すには必要なことだったのかもしれません。
この物語「クリスマス・キャロル」を苦しみぬいて完成させたことで、最後には父親を許し 許すことで自分の中の傷ついた子供時代を救い出し、父親が持つのと同じ自身の寂しさを昇華させることができたのだと思います。
作者ディケンズの心の闇に迫り苦悩を突き抜けた上で (簡単に創作した作品ではなかった)出来上がった作品だったからこそ 時代を超えて多くの人々の心に訴える名作となったのだと思います。何故かベートーヴェンを連想してしまいました。
物語の舞台となった当時のイギリスでは、産業革命後、貧富の差の拡大によって多くの貧困が生まれ、クリスマス時期になっても多くの人はそれを祝おうと言う気分にはなれなかったようです。クリスマス・キャロルの誕生で クリスマスを祝う習慣が始まったというのは素敵なエピソードです。そして元来それは、決して豪華である必要はなく つつましくささやかであればあるほど いたわり合う心や愛に溢れたものになるのではないでしょうか?これこそがクリスマスの精神ということですね。
個人的には この映画 なかなか秀作だったと思います。
原作のクリスマ・スキャロルもぜひご一読を!



