今日の長野は 予報通り朝から雪景色です!
昨日の午前中に 半信半疑で窓拭きを済ませておいてラッキー!
最後の買い出しに出かける前に
軽く3~40分雪掻きしなければなりませんでしたが
吹雪いたりしないだけ有難いことです!ありがたや~鶴亀鶴亀・・・ ![]()
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さて、今回は久々の読書ネタです
毎日寝る前に何かしら 読書しながら寝落ちするまで読むのが
日課となっていることは前にも申し上げた通りですが(え?そんなの知らないって?)
最近読んだ中で 妙に引っ掛かりがある作品について
取り上げてみたいと思います![]()
そもそも冒険小説というジャンルには昔から興味が薄く
(読みかけの本を途中で投げ出すのは私としては不本意であり
珍しいことですが、かの有名なハリーポッターも途中でリタイア。
♪ものすごく有名なのに どうしても興味が湧かないのなんでだろ~♪)←古いけど好きなギャグ!
てなわけで自ら冒険ものを進んで手にすることはおそらく一生涯無かろうと思われました
ところが 先月夫のコレクションの中に
マーク・トウェイン作 「ハックルベリー・フィンの冒険」を発見!
そう言えば ブルーハーツの歌(1000のバイオリン)に出てくるフレーズ・・・
♪ハックルベリーに遭いに行く~~♪というのがあったなぁと
前から気になっていたことを思い出しました
ま、どんな内容なのか一般常識として(?)
知っておくのも悪くはなかろうと 借りて読んでみました
トムソーヤの冒険と同じ作者ということさえも知りませんでした。
読んでみて 想像していたものと違い面喰いました
内容が現代社会の問題にも通じる普遍性があり
なかなか奥深く 単なる少年向けの娯楽冒険物語の域を超えていると感じました。
黒人を「黒んぼ」「奴隷」などと今なら差別用語として問題になると思われる
表現をあえて 古きアメリカ南部の時代背景を理解するために使っています
奴隷制や人種差別の是非に気を取られると とたんに
この物語の面白さは たぶん損なわれてしまうのでしょう。
そう、「風と共に去りぬ」でも南北戦争前は
当然のように黒人が奴隷として売り買いされ
畑で野良仕事をしたり 家の雑用をしながら
白人である主人と適度な距離を保ちながらも
親しまれ、中でも優れた人間性を持つ黒人は一目置かれたりもします
主従の関係は確かにあるのに
自分たちの運命を受け入れ、わきまえ、さしたる不満もなく
安定して暮らしている・・・・そんな時代の話です
最初の数ページこそ戸惑いを覚えるものの
読み進むうちにその時代の価値観にいつしかさほど抵抗を覚えなくなります
(何も奴隷制をましてや人種差別を肯定するわけでは断じてありません!)
拒否反応を起こさなかったのは内容に目を覆うような残虐性や弾圧
あるいは悲哀などが感じられなかったこともあるかもしれません・・・
ハックは白人の少年ですが身内と言えば
どうやら母親は無く、ならず者の父親が一人いるだけです
それも長いこと行方知れずのアルコール依存症らしく
ハックが一人で生活している状態のようです
今で言うネグレクトです。
このへんの状況は現代社会にも通じるものがありそうです
この父親というのが 浮浪児同然の暮らしをしているハックの
目の前に突然現れます
実はハックが手に入れた財産の噂を聞きつけ
酒代欲しさにやってきたのであり 脅しつけたりするだけで
息子を守ってやるとか礼儀やしつけをすることもなく
ただただ自分の欲望に忠実に生きるダメ親です
日本だとそれでも「生みの親」は絶対的で見捨てることができず
親子の葛藤があったりしますが
そこは欧米(か!)ろくでなしの親に執着は持たずに愛想つかして
どんどん自立していくのが立派!ここは日本人、大いに見習いたいところです!
ハックが父親から逃げ出すところからこの物語は始まります
筏(いかだ)で逃げ出し たどり着いた無人島で
知り合いの逃亡奴隷の黒人(ジム)に出くわし
二人は心強い旅の道連れとなります しかし
この時代に逃亡奴隷を助けるというのは大変な罪らしく
ジムの心中を知っているハックとしては助けたい気持ちと
世話になったオールドミスの家を逃げ出したジムを告発すべきという
気持ちの板挟みになり苦悩します
この苦悩がハックを人間として大いに成長させるわけですが・・・
この物語 単に無邪気な冒険話が展開したり
アメリカ独特の手放しの陽気さや人々ののどかで明るい日常が
描かれているわけではなく・・・・
街をあげてのリンチとか魔女狩りの話が出てきます
「かたき討ち」が認められている街なんかも登場します
そこでは 一族に語り伝えられている 「祖父の代のまたまたその前の代の身内の誰それが
拳銃で撃たれた仕返し」を子孫が義務として?
事情が今となっては曖昧模糊としているのに まして個人的恨みもないのに
敵を撃ち殺してしまう・・・などのエピソードも皮肉を含んだ表現で出てきます
それで「こんな所にはいつまでも長居はできない・・」と
嫌気がさしたハックが次の冒険に出発する・・・・という具合です
おかしなペテン師みたいな連中が筏に乗り込んで
とんでもない とばっちりを食ったりもします
最後の方に「トムソーヤ」がハックルベリーの兄貴分として
登場しますが こちらは裕福な叔母さんだか?の親戚の保護のもと
生活しているお坊ちゃま的なキャラで
冒険と言っても ハックルベリーが生きていく上で
やむにやまれず 困難な現実に立ち向かっているのに比べ
トムは恵まれた環境にいるのに 単なる退屈しのぎ的な
遊び(冒険とは言えない!)を考えつく天才といった感じを受けました
そのせいで関係ない周りの人が巻き込まれ迷惑を被ることなど
まるで気にも留めない悪ガキぶりというか無神経ぶりが鼻に付きました
もし先に「トムソーヤの冒険」を常識人のたしなみ?として
読んでいたら 「ハックルベリー・・・」は読まなかったと思います
ハックは何故トムを尊敬してついて行くのか疑問でしたが
おそらく自分にはないトムの育ちの良さや
頭の良さ勇敢さ(というよりはただの無鉄砲)にあこがれを抱き
好意を寄せたのかもしれません
一人の少年の成長物語として読むなら
ハックのほうが生い立ちから恵まれていない分
断然興味深く描かれています
たくましくしたたかに それでいて粗野に留まらず
人間として正直さや誠実であることなど大事な事については
誰かに教え込まれるのではなく 黒人のジムから自ら学び取っていきます
人間的にとても魅力的です
時系列に沿って 筏が流れていくのと同じように
物語も進んで行き 凝った構成ではないのに
繰り広げられる出来事がなかなか奥深く考えさせられます
問題提起が普遍的というのか現代に十分通じるのです
いや~面白過ぎて
別の作品も読んでみたくなり次に読んだのがこれ!
ハックルベリーを引きずって 読みにかかると
これまた見事に裏切られました!
え?これヘッセかなにかの作品?と思う位 作風が異なっていました
心の奥深くを覗かれるような 居心地の悪さというか
本音に迫られる恐さを感じました
森の中で少年たちが出会った不思議な能力を持つ美少年の名前は
何と「サタン」!
人間の嘘や悪を次々に少年たちに暴いてみせます
さすがに少年たちがサタンの言い分に反論しても
たちまちまやかしを論破してしまうのです
特に人間は争い事が好きで歴史の中で
懲りずに戦争を繰り返しては 苦しみを生み出している・・・
人間は羊の群れのように 一頭のボス(声の大きな人間)に盲目的に従う習性がある・・・
というサタンのセリフは身につまされます
少年たちはサタンを恐れながらもしだいに
いかにも利発で生き生きとした言動に魅了されていきます・・・
非道徳的とでもいうのか キリスト教信者が読んだら
とてつもなく反発されるんだろうなぁと思ってしまいます
それでも サタンの言い分を否定しきれないどころか
その通りと思ってしまうところが手ごわいところです
物事は建前だけでは判断しきれないのだと思わされます
最後の結末がとても絶望的でショックでした
解説ではこの作品を書いた当時 人間不信だったとか・・・
なるほどと頷けます
それでも
サタンの口を借りて 逆説的に正義や人の幸せを
説かれたような・・・・ものすごく哲学的な空恐ろしい
不思議な魅力に満ちた物語でした
以上二つの作品はそれぞれに違う味付けながら
強烈な個性を放つ印象深いものでした


