
高校生のころ ものすごく尊敬していた
国語の先生(お茶の水大出の才色兼備の素敵な先生でした!)
その先生に認められたくて
無茶苦茶国語を頑張ったものでした

夏休みの感想文の宿題は特に認められるチャンスと
力を注ぎ(勝手にね・・・)わざわざ長編を選んで

推敲に推敲を重ねた力作を提出してみたり・・・・

う~む まさに青春でした

そう、その我が青春の憧れの先生と今でも
時々はがきのやり取りをする中で(先生はメールはなさらないのでね・・・)

先生が若いころお読みになった ヘッセの「車輪の下」に心を動かされた云々
の一文に刺激され早速 私も「車輪の下」を読み直しました
だがしかし
若い頃 ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を
確かに読んだはずなのに
全く「記憶にございません・・・」状態で

自分でもがっかりしてしまいました・・・


しかし 今あらためて読み返してみると
新鮮な発見ばかりでした

親や学校の期待に応えられず
しだいに自滅の道へ突き進む主人公の
心情をつづったみずみずしい表現・・・
でもその頃の私は感情移入ができず
消化不良だったのかもしれません


風景を描写するときの
抒情的な美しい文章が群を抜いています
おそらく彼が詩人であったことや常日頃から
植物を愛しいつくしみ 自然に親しみ
植物のスケッチを趣味とする
独自の鋭い視点と観察眼は
自然への造詣の深さを物語っています
どうしてこれまで ヘッセに気付かなかったんだろう?
なんて私はおバカなんだろう?
そうだ!気付いたときから 始めればいいのよ!
てなわけで わが憧れの先生が傾倒した作家ヘッセを今一度
洗い直してみようじゃないの!(刑事か!)

ということで 車輪の下に続き、デミアンを
次に春の嵐をそしてこの度 もっとも完成度が高いと
言われる「知と愛」を読破しました!
ああ!我ながら 前振り長すぎ!
ふ~

昔の新潮文庫の文字が小さいので堂々368ページばかり
ありました 例によって夜寝る前に少しずつ読み進めたので
5日くらいかかりましたが 文章の流れと描写の美しさに
うっとり・・・・さすが詩人の文章は一味ちがいます!
以下 あらすじはネットより抜粋しました
本来官能の子でありながら精神の人になろうとして修道院に入った美少年ゴルトムントは、若く美しい師ナルチスの存在によって、自分は精神よりもむしろ芸術に奉仕すべき人間であることを教えられ、知を断念して愛に生きるべく、愛欲と放浪の生活にはいる――。二つの最も人間的な欲求である知と愛とが、反撥し合いながら互いに引かれ合う姿を描いた多彩な恋愛変奏曲。
ゴルトムントは愛の人、ナルチスは知性の人。
お互い対極の持って生まれた特性を持つ二人が
人生の意味を問い 全力で 伝えあい
理解し合おうとする姿に心打たれました
「置かれた場所で咲きなさい」という
エッセーのタイトルがふと頭をよぎりました
人間は一人一人特性が違います
一番大きな違いは性の違いです
それは単にその人の性別ということだけでなく
その人が内側に持つ父性、母性の割合の違いもあります
母性すなわち「愛」や「感情」が強い人もいれば
父性すなわち「知性」「道徳概念」の強い人もいます
どちらが優れているとか正しいとかではなく
大切なことは 自分の特質にあった生き方を
しつつ 人生の意味を問い
自分と闘い 死ぬまで成長し続けることではないかと
人との関わりはとても重要です
それは 決して楽しいことばかりではないかもしれないけれど・・・
成長のために お互いが真剣に関わることのできる相手
友人、恋人、子弟、親子、夫婦・・・・
それは時に 思いがけない偶然によって出会った人であるかもしれないし
場合によっては事件の加害者と被害者であるかもしれません
おそらく 自分にとって歓迎できることばかりではないでしょう
それでも 受け入れ自分の成長の糧としていかなければならないのでしょう
自分に置き換えてみて 自分は人と
そこまでとことん分かり合う努力をしているだろうか?
純粋な素直な心で自分の本心を相手に
愛をもって伝えているのだろうか?
自分を第一に考えることから抜け出せないでいるのではないだろうか?
等々反省することしきり・・・・
これまでどうしても解けなかった 人生の意義や人間の個性の違いについての謎
神の偉大さについて 人の生と死の意味・・・・
愛が 辛抱強さ、信じる心、希望、融合、和解、悲しみであること・・・・
さまざまな自分の中の疑問が すうっと自然に溶けて
心に深く沁み入っていきました
ゴルトムントがナルシスに告げる最期の言葉に打たれました
「だが、ナルチス、君は母を持たないとしたら、いつかいったいどうして死ぬつもりだろう?
母がなくては、愛することはできない。母がなくては、死ぬことはできない」
ナルシスもこの言葉に動かされ ゴルトムントから
「人は愛なくしては生きることも死ぬ事もできない」ということを
学んだのです 母=愛ってすごい!
静かな静かな感動の涙が知らぬ間に頬を伝っていたことに
自分で驚きました
難しい専門書ではなく 誰もが読むことのできる
小説という形で難しいテーマをこんなふうに
伝えることができることに驚いています
あらためて真の芸術の普遍性を思いました
もちろん受け手の心が開かれていなければどんな芸術も
意味を持ちはしないのですが・・・・
求めよさらば開かれん!ということですね。
ヘッセに出会えたことに感謝!
そして高校時代に憧れの先生に出会えたことに感謝!
でなければ 私はこんなにも読書好きにはならなかったでしょうから
しばらくはヘッセブームが続きそうです!
