あれから3年もたってしまったというのが


ちょっと信じられずに思わず確かめてみました。


2011年3月11日・・・間違いないです。


その頃はもう、ブログを始めていたはずなのに・・・


私のブログにそのことを正面から取り上げた形跡はありません。


何故なんだろう?今思えば


おそらく ショックが大き過ぎて


取り上げることが出来なかったのだと思います。




現実にはその当時、私はまだ東京にいて


会社勤めをしていました。


会社はビルの6階にあったので 激しく揺れました


二度の揺れはこれまでの人生の中で


経験したことのない長くて激しい揺れでした・・・


窓ガラスが揺れる音・・・オフィス家具がきしむ音・・・棚から物が落ちる音・・・


普段聞きなれない音がこれほどにも不気味で


人の不安を掻き立てるものなのかと驚きました。


二度目に揺れが来た時は 立っていられず


思わずしゃがんで床に手をつきました。


一緒にいた同僚の女性が体の震えが止まらないと


言っていたのを思い出します。




首都圏直下型がついにやって来たのだと思いました。


ところが実際は太平洋三陸沖を震源地とする地震だった事を知り


何かとんてもないことが 起こってしまったのだと背筋が凍る思いでした。




その日、都内の交通機関は全て止まり、


2時間かけて家まで歩いて帰りました。


普段は車しか走らないような道を歩く人の列が延々と続く景色は


現実離れしていました


携帯が繋がらず、途中電話BOXに並んで


その頃失業中で家にいた娘にやっと連絡することができました。


娘は恐怖のあまり1日で体重が3kg減ったということでした。


「震災ダイエット」だなんてブラックなジョークを力なく言ってはみたものの


笑える心境にはとてもなれず 何だか魂が抜かれたようでした。





さらに追い打ちをかけるように福島の原発事故のニュースを知ることとなります。


原発の後遺症は今もなお続いています。


ドイツのように他国の事例から学んで速やかに原発廃止を決めた


国もあるというのに 日本という国は一体どうなっているのでしょう?


自国で起きた事故を教訓にもできず


経済の発展のため?にすぐに無くすわけにはいかない?


命と引き換えの経済成長ってこと?


でも一番驚くのがそういう政策に反対しない人が


結構な数いるという事実です。



そこで提案です!(どこの誰に?)


原発賛成派と反対派を二つに分けて日本を住み分けるchoice!*


というのはどないでしょう?人差し指


そう、電気の50ヘルツと60ヘルツで分かれてるみたいに・・・


もちろん賛成派の住む地域に原発施設を作り


設備近くに原発推進派や電力会社の幹部の住まいを


作り、責任をもって(というか身の危険を感じながら)


監視にあたります。(ちょっとしたミスが命取りになるので真剣にやってもらいます)


反対派には太陽光発電などの他の設備のみにします。


反対派は電力が不足しても文句は言ってはいけないことに


なっているので 家電も最小限に節電に努め


エコな暮らしを推進するのです!葉っぱ猫ホッ




もちろん私は反対派の地域に住みます。


そのために今、母のもとで徹底エコ生活で修行しているわけですhate


そう思えばとても今の生活が有難く意義あることに思えてきます!オーファイト