アイコンママブロネタ「日々のできごと」からの投稿


今週から始まった新しいお仕事。私に手取り足取り指導してくれているのは50代後半の女性係長。2人の娘さんと3人のお孫さんがいます。


母以外のこの年代の女性とこんなに長い時間関わるのはかなり久しぶりです。


早くも出勤4日目にして彼女の定年後は私が係長の座を頂く!と野心を燃やす私ですw


母世代の他人と2人っきりでいるとつい「この人が姑だったら」と良い意味でも悪い意味でも思ったりします(笑)



私の元お姑さんは私より20歳年上で、初めて会った時は43歳でした。今思うと若いお姑さんですね。見た目はのび太のママにそっっっっくりです。


元ダンナさんの実家はド田舎で、隣の家に回覧板を回すのに自転車が要る距離がありました。大学で田舎者だと言われた佐賀県民の私を「都会の子」だと何度か言われました。後にも先にも私を都会の子なんて呼ぶのはこの土地の人たちだけでしょうw


お義母さんはあまり家事が得意ではありませんでした。とても遠いので、初めて挨拶に行った時、夕方になると私たちを連れてスーパーへ行き

「さぁ、何でも好きなものを!」

とお総菜コーナーで言われました。


シールのついたお総菜をたくさん買い込み、家に帰るとお義父さんがごはんを炊いてお味噌汁を作ってくれていました。

お義母さんは台所へ行くこともなく、そのまま居間でお総菜のパックを開け始めて、「さぁ、いただきます」と。

温めることはおろかお皿にも移さないのですね。。。


居間の隣の座敷を開けると、取り込まれた洗濯ものが山になっていて、2人家族なのに一体何日分なんだと。

挨拶に行った私が、まさかお義父さんのパンツをたたむことになろうとは予想もしませんでした。


そこはとても遠いので、挨拶とはいえ泊まりになるのだけれど、「ホテルを取ろうかと思ったんだけど家族になるんだし、いいよね」と実家に泊まることに。


まさかの子供部屋で2段ベッドの下段に2人で寝ろと。


ちなみに上段はたくさんの荷物が載っています。


・・・・・・・・・・・・・・・狭いよ。大人2人だよ。



そんなざっくりなお義母さん。でもお義父さんLOVE♡なのはウザいくらい伝わってきて、結婚して20数年経ってもそうしていられるのなんていいなって思ってました。


その頃は、家事下手くそなお姑さんの方が何かと口出しされないで済むし、普通なのに「ちゃんとしてる」と褒められるから、まぁいいやと思っていたんですよねー。。。


娘を持った今なら思う。「私の娘をそのように扱う家の家族にするために大事に育てたのではない」と。



結婚して数ヶ月、お義母さんは少しずつ我を出してきます。初めは少しずつでした。

でもそれが大きく大きくなって行き、結婚して4ヶ月目には私の職場に電話をかけてきて「今すぐ家に帰って3時までに15万振り込んで。」と。

当時私は片道1時間かけて通勤していました。

いや、通勤時間の問題じゃないですね。仕事中で携帯に出られないから会社にかけてくる。

いや、どこにかけてくるかの問題でもないですね。

入籍から5ヶ月、ダンナさんは2人の貯金から大型の欲しいものを次々に買い、通帳の残高が10万円を切りました。いつも「実家に100万ちょっと入ってる通帳があるから今度帰省した時に持って帰ろう」と言って買い物を重ねました。新婚ハイで止められなかった私の責任も十分大きいです。


翌月に結婚写真を撮る予約をしていたので通帳を取りに帰省。お義母さんに聞くと「通帳は職場の金庫に保管してるから。今日は土日で会社が休みで取りに行けない」と。


そんなわけないですねー。どこの会社が時給720円のパートのおばちゃんの息子の通帳を会社の金庫で預かるもんですか。

そもそも手元に100万円も入っている通帳があるのに嫁の会社に「金を貸せ」って電話してくるわけないんです。


お義父さんには絶対に言わないでくれの一点張り。ダンナさんも母親が自分の通帳を無断で遣い込む人間だったことにかなりのショックを受けている様子だったのでそれ以上責めることもできませんでした。


それからもお金の無心は続き、私も出産間近。会社も辞めたので、とうとう我慢できずにダンナさんにこの問題は義両親が夫婦で解決するべきだと説得してお義父さんに話をしてもらうことに。


お義父さんは私たちが泊まりがけでしか行かない距離を高速ぶっとばして飛んできて、うちに入るなり土下座。「すまなかった!必ずすぐに返す」と言ってまたすぐ帰っていきました。


3ヶ月後、、お義父さんは自殺未遂を起こします。


責任感が強かったお義父さん。そういう人の方が脆いのかもしれません。


練炭で。4時間意識が戻らず、後遺症なのかキビキビ系だった人柄は失われ、ぼんやり系に。


「だからお義父さんには言わないでってあれだけ言ったのに鰆ちゃんが、、、」


ダンナさんもショックを受けていたせいか無言で、私をかばってはくれませんでした。私も自分がお義父さんを巻き込んでしまったせいだとかなり苦しみました。

出産後まだ2ヶ月の私。慣れない育児で既に産後鬱だったところに追い打ちをかけたこの出来事とこのひと言。


あれから4年経った今もその時のお義母さんの顔と声は忘れられません。



これが離婚の直接の理由ではないにしろ、この事が全く絡んでいないとは言い切れません。ただ、きっかけや起爆剤にはなってしまったかな。

私の両親にはこの事件?自体を今でも秘密にしています。もともと交流は薄かった実家同士。お義父さんが入院したのは風邪をひどくこじらせたことになっています。

自分の娘を人○しだと言われたなんて、いくら毒親の我が両親でも発狂しかねませんし、知らなくていい。


なので今もうちの両親は私が「性格の不一致」のみで離婚したと思っているんでしょう。離婚後も娘さんと3人で出かけることが多いので復縁を勧めるようなことをよく言われるけれど、二度とあの家の嫁になることはないでしょう。



あぁ。。。思い出したら眠れなくなっちゃったなー。こういう時、やっぱり自分はメンヘラなんだなって自覚しちゃいます。


明日も頑張ろう。係長を姑とか考えるのやめよう。