2011年3月28日、3年前の今日のこと。
私は50%の確率で死ぬところだった。
馬鹿上司に振り回され、使えない部下に苛立たされ、
その鬱屈を家に持ち込まないために、浴びるように
酒を飲み、タバコを灰にする毎日。
3月11日の災害は、こんな会社でも何か世の中に
貢献できているはずだと唯一思わせてくれていた、
防災に関する情報提供が、何の役にも立たない事
を思い知らされた出来事で、ストレスにさらされていた
私を支えてくれていた何かがぽっきりと折れてしまっ
た出来事でもあったと思う。
もしも、私に大切な相棒がいなかったら、死に直面し
た3年前のあの日、
「なんだか疲れたし、もういいか……」
と、そんなことを考えていたかもしれない。
人の生死を分かつのは、生への執着なのだとすると、
私はあの日それを持っていたということになる。
それを、浅ましいと考えるかどうかは、生き残った者
が長い時間をかけて見つけなければならない。
それは生きることを選択した者の義務なのだ。
あの日を境に、私は変わったと言われる。
たくさん抱えていた執着が希薄になったというのが、
自覚症状だ。
酒を飲みたくなくなった。
タバコも吸いたくなくなった。
他人より良いものが欲しいと思わなくなった。
出世欲はもとからあまりないが更に希薄になった。
色々なものが削ぎ落とされていって、残った執着は
相棒だけになったようだ。
死が二人を分かつまで……結婚式でそう誓った。
その時は、「何を大げさなことを」と思っていたが、
今は理解出来る。
「病める時」も彼女は無償の愛を注いでくれたのだ
から。
私は返しきれない借りを彼女につくった。
それを返済するまで、私は死ねないのだ。
3月28日は、毎年その思いを噛みしめている。
