1日に2度も実銃の銃口を向けられる経験など、日本では


ありえないことだ。


それが、甲斐に奇妙な度胸をつけさせたのだろう。


腰をぬかすほど驚いていたが、すぐに不貞腐れた態度で


ぱっぱと服を脱ぎ始めた。


「下着も?」


甲斐の言葉に、俺はうなづく。


彼女は、年齢のわりに引きしまった体をしていた。


一人暮らしの老人の家を訪問して、ニセブランド品を売る


こともあったという。


当然、色仕掛けも使っただろう。


体型の維持は、いわば設備投資のようなものだ。


拳銃をホルスターに戻した諸角が、ハンドバックの中身を


地面にぶちまける。


俺は、甲斐が脱ぎ捨てた服を探っていた。


「あった!」


ハンドバッグの底板をポケットナイフで裂いていた諸角が、


小型の発信器を見つけた。


俺は、彼女のスーツの襟の裏から、発信機を見つける。


勾留中に仕込まれたものだろう。


「死んでいい(デコイ)か・・・」


忌々し気に諸角が吐き捨てる。


「県警本部を挙げてとは、盛大なことだ。」


俺はそう言いながら、冷やかな表情の武田本部長の顔を


思い出していた。


「意地でも、このスケは東京に送り届ける。」


おれの呟きに、諸角がうなづいた。




 図体はデカイが、諸角は素早く動ける。


まるで、大型の肉食獣が獲物に近づくように。


油断しきってるらしい、先遣隊と思しきチンピラは、諸角


の接近を察知できなかった。


カチカチと携帯電話をいじるばかりで、周囲に意識が向い


ていない。


だから、ぬっと背後に諸角が立っても何の反応もなかった。


拳を固めて、諸角が丸太のような腕を叩き下ろす。


チンピラの意識は一瞬で飛んだだろう。


諸角は手際よく崩れ落ちるチンピラを肩に担いで、登山口


に入っていゆく。


Yという山小屋まで、A川に沿って平坦な道を辿り、K沢まで


一気に登るつもりだと言っていた。


ポケットには、2つの発信器。


・・・追い詰められて、山に逃げ込んだ・・・


という図式を一人で演出するつもりなのだ。


キケンな役割だが、M駅のように一般人を巻き込む危険性


がないのが救いだ。


装備がないとはいえ、諸角はN県生まれN県育ちで、山岳部


出身だ。


荒事師に追いつかれない程度には動き回れると言っていた。


念のため、甲斐の服は全て交換した。


幸いTホテルの土産物店には、登山用の衣類や下着もある。


俺と甲斐が、物影からバスターミナルを観察していると、2台の


タクシーが到着する。


降りてきたのは、6人の男。


発信機をつけた野生動物を追跡するための、指向性アンテナと


ハンディ・受信機が、タクシーのトランクから出される。


あとは、猟銃のケース。


発信機の電波を追って、山狩りをするつもりらしい。


ここに張ってるはずのチンピラが見当たらないので、イラついて


いるのは、地元の構成員だろう。


荒事師は猟銃を背負った3人。


残りはガイド兼荷物運びと思われた。


ペコペコと頭を下げるガイドを無視して、指向性アンテナを四方に


向けつつ荒事師の一人が歩き始める。


全員がその後に続く。


タクシーは、去った。


俺は、たっぷり30分は物影から動かず、ターミナル内を観察し、


定時に到着した夜行バスの発車間際に駆け込んだ。


深くシートを倒し、隠れる。


そうして、俺たちはやっとN県を出たのだった。



「逃げるひよこ」-22に 続く