パトリシア・コーンウェル女史のファンなら、ピンと来たことでしょう。
彼女のヒット作、女性検屍官の活躍を描くスカーペッタシリーズにこの題名がありますね。
ですが、私が手にしたこの本、小説ではなく、ノンフィクションです。
とはいえ、猟奇殺人に現場に潜入したレポートではありません。
法医学の分野で、斬新な技法により死亡推定時刻や死因、骨から導き出されるモノ言わぬ死体が語りかける情報(男なのか女なのか?身長は?人種は?年齢は?といったこと。イタコじゃないよ)により、真実を導き出す手助けをするお医学者さんのお話です。
なんと、売れっ子作家のコーンウェルさんは、実はこの本の作者でアメリカ屈指の法人類学者ビル・バス氏のお弟子さんの弟子に当たるそうであります。
そこで学んだ様々な知識が、検屍官のシリーズに結実したのでしょう。
法人類学って??と思った方。なにも恥ずかしいことではありません。
日本では、全くもって聞きなれない学問分野。当然、私も知りませんでした。
もともとは、発掘された古い人骨と現代人の人骨と比較して、体格差や習慣の違いなどを考察する学問だったそうですが、それを遺棄された死体の捜査に応用したのが法人類学なんだそうです。
つまり、腐乱死体や白骨死体などを、警察の要請で調査する学者さんですな。
バス氏は、大西洋を飛行機で横断したリンドバーグ氏の幼い息子さんが誘拐された事件で、その息子さんの遺体を検屍したDr.グロクマンに師事して法人類学の基礎を学び、テネシー州周辺では並ぶものの無い法人類学者になるのですが、手ひどい失敗を犯してしまいます。
防腐処理された南北戦争時代の士官さんの死体(実に113年前の死体)を数ヶ月前の死体と誤った判断を下してしまうのです。
実は、埋葬品を狙った墓泥棒の仕業なのですが、南軍士官が棺桶から引きずり出され、掘られた穴に横たわっていたのですから、新しい死体だと思い込んでしまったしまったのですね。
世間の笑いものになってしまうのですが、そこは科学者。腐敗のプロセスを示す資料がないなぁ・・・と思い立つのでした。転んでもただでは起きないタフさ。私、この人、好き。
そして、大学に掛け合って、死体の腐敗進行の実験を行わせる作業場を作ってしまいます。
これが、この本の題名にもなっている『死体農場』です。
この実験場、ありとあらゆる死体の変質に関する実験が行われます。
どの地点から、人間は強力な腐敗臭を感じ取るのか?
人間は、どの部分から腐敗進行するのか?
焼死した人は、なぜ頭が破裂するのか?
ハエはいつ来て、いつ卵を産み、また成虫になるのか?
一見、死者を冒涜しているかのように見えるこの実験によって、闇の中に潜んでいた凶悪な殺人者が何人、日の下に引きずり出されたことでしょう。近年、注目されている、死体に群がる昆虫のライフサイクルを測定することによって、殺人が行われた季節、時間までが類推できるようになったのは、彼らの功績であります。
死者に対する考え方が、日本ではアメリカと違うので、このような実験施設を作るのは難しいでしょうが、彼らの実験結果が日本での犯罪捜査に応用されているのでした。
「私は、故人を生き返らせる事は出来ない。しかし、真実を明らかにすることは出来る。そうすることによって遺族は故人を悼むことが出来、再び歩き出せうだろう。真実は科学が人に与えることの出来るささやかな贈り物なのです。」
これは、取材に答えたビル氏の言葉です。
私生活では、愛妻を2度もがんで失う不幸に見舞われながらも、無念の死を遂げた死体に耳を傾け続けたビル氏のブレない軸なのでしょう。
ミステリ・ファンの方、お勧めです。