本日令和6年(2024)4月18日(木)

人生観が一瞬で変わった同年3月18日実家父の85歳お誕生日から1ヶ月が経った。

 

綴ろうか否かのちゅうちょがあったが次の世代!?への引き継ぎ!?として記録しようと想う。

 

3月18日夕食準備のだいたいが終わった18時30分頃実家父へお誕生日メールをしようとしたところ換気扇カバーが破れ仕方なしに替えることにした。

 

我が家の換気扇は昔ながらのプロペラタイプで天井のすぐ下にある。

高さ45センチ程の椅子の上にのり→ガス台にのり→電子レンジ上にのり今までのカバーを外す。

カバーに油がべっとり。慎重にべっとりカバーをゴミ袋に入れ新しいカバーを取り付けガス台に降りた迄は記憶がある。

次の記憶は椅子とりえりえが後ろにひっくり返っていて頭がずっしり重くて痛くて人生58年の初めての感覚。

 

いつもこの時間にいない長男が「大丈夫ー!?」と2回言った。

 

「大丈夫」と可愛く答えながらもよおして(おしっこ)トイレに行く。

 

トイレでの出来事は不明。

 

その後「なんかりえりえおかしくなっちゃったみたいで今日何日かもわかんなくなっちゃった」と言いながら携帯電話をいじりだした覚えあり。

 

次の記憶は長男が脳外科病院に電話をしてくれたようで何でかわかんないけど「15分で着く」と長男に言う。

 

「救急車じゃなくてよかったかな」とも言う。

 

まるで自分毎じゃないみたいな言動だった。

 

時間外でも診ていただけてありがたかった脳外科病院でのCT検査にて脳しんとう・外傷性くも膜下出血との診断で入院。

 

出血は1時間30分後の2回目のCT検査では止まっていて次日17時頃のMRI検査でも大きな異常はなく次の日3月20日(水)に退院。

 

可能性は低いがてんかん発作が起こる事もある等で1ヶ月程安静注意を要するの見解のもと日常生活が再開した。

 

再開した日常は今までどおりとはいかなかった。

 

まず普通に歩けない。

 

自分の身にだけ地震がおきているようなふわふわ感・頭が重くて痛い・食事づくりに倍の倍の倍⁉️程の時間がかかる。

 

身体は思い通りに動かないのに心はいつ何が起こるかわからない想いが強く宿り断捨離に着手。

 

座っていれば片付けがはかどるので調子にのってしまうが立ち上がると自分の身体ではなくなる感覚。

 

3月23日(土)実家父&母に父の祝お誕生日と今回の騒動!?を電話にて報告。

 

父から「事故は誰にもある事だから気に病むことないでな」とお見舞いの言葉をいただく。

 

14年前庭師仕事中脚立から落ち(今だに脚立が倒れたから自分も倒れたとの見解を変えていない)頸髄骨折の大事故をした(今は要支援まで回復)父からの説得力のあるようなないような言葉に和む。

 

あれから1ヶ月。

現在は低髄液圧症候群疑いと右耳耳管開放症(耳鼻科医院にて診断)との診断。

 

杖があればサクサク歩けるけど杖がなくなるとフワフワ感で千鳥足はオーバーかな。

 

「今後この身体で生きることになりますか」

脳外科先生にお聴きしたらそれはないとのこと。

 

こんなに早く子どもたちに様々助けてもらうとは想わなかったな。

 

夫・貞(さだ)は4月3日に貞父が他界し喪主も経験しりえりえの騒動!?とも重なり心労が大きかったろうな。

 

りえりえの杖は他界した義父が使っていた物。

 

お守り杖かな。

 

まだまだ色々が続くかもの人生だけれど

 

笑える人生にしたいな


今日も片付けしよ♪