お久しぶりです。




昨日は仕事納めでした。




半日でしたが、何とか無事に作業をこなす事ができました。




大和市での勤務最終日の2025年12月27日、1駅歩いて行きに乗った相鉄線の11000系。





ここでお知らせです。



2025年12月27日を以て、大和市の職場を卒業しました。




1年9ヶ月という短い期間でしたが、たくさん迷惑をかけた部分もあったかと思います。



同じ派遣会社でありますが、来年からは第2の故郷である綾瀬市で就業先が決まっています。




心機一転、新たな気持ちで顔晴ります。


続きは長くてネガティブな内容ばかりになります。
見たくなかったり不快になる方はあまりおすすめしないので、ここで見終わっても構いません。


派遣会社の紹介で大和市の給湯器の職場へ入ってしばらくした後、まだ経験が浅い私が度重なるミスをした事で上司であるリーダーに嫌味を言われ続けた事をきっかけに、私の次の作業を担当するフィリピン人のMにも『こんな事もできないの?』と嫌味を言われるようになりました。
『リーダーは作業できるからまだしも、何で私の作業をやらないMにこんなに言われ続けなきゃいけないの?いつも口ばっかり。じゃあ実際に私の作業をやってみてよ!』と私はMやリーダーへの不満やストレスが徐々に溜まっていきました。



私がおとなしい事をいいことに、ある事ない事をMやMの取り巻きに噂されたり…
私の前を通る度、Mに口を手で覆われるといった嫌がらせ等のいじめを受けました。



今年1月、リーダーに呼び出されてMの目の前でミスを指摘された瞬間…溜め込んでいた私のストレスが一気に爆発し泣き叫んでしまいました。



それをきっかけに、ミスばかり指摘する事で自分より弱い相手を萎縮させたり、自分が抱えたストレスを他人にぶつけてモチベーションを低くさせたリーダーやMに対して信用できなくなりました。



そして、私自身は黙々とする作業が好きなのですが…
担当するラインの周りがフィリピン人ばかりなので、タガログ語の会話の声が大き過ぎて…
深く耳栓してもそれが響いて集中力が欠けミスを連発してしまい…それもかなりのストレスでした。



1型糖尿病の私が1日で食べれる量の制限がある為、他の人が甘いものを美味しそうに食べる姿が自然と見えてしまい苦痛とストレスに感じた事もありました。



私は普通の人とは違ってとても疲れやすく、低血糖が命に関わる事、それを防ぐためにリーダーに許可をもらって作業場所に糖分を持ち込んで補給している事は一部の人は理解してくれました。



そして、何回も経験があったのですが血糖値が59に下がってしまった時にすぐに糖分補給したのですが、ライン作業で私の作業を担当できるのがリーダーしかおらず、しかもリーダーの許可なしで自分で中断する事はできず休ませてもらえなかったので、ゆっくり作業をこなしていく事しかできませんでした。
(今は数値を見ただけでこれを食べたら大丈夫だと判断できるようになりましたが…)


精神的や身体的にかなり疲れがきてしまった私は、過食をしてしまい…充分に眠れない日が続きました。



このままの状態で大和市の職場で働くと、ストレスや不眠症で血糖値やHbA1cの値が更に悪くなったり、感情コントロールがうまくいかなくなる。
同じ派遣会社でも場所が違う就業先を探す事を決めました。
仕事をしないと…1型糖尿病の医療費は半端なく高くて支払えなくなるので、大和市の仕事を嫌々続けながら探していました。



実は6月の終わりに1回、派遣会社の紹介で他の就業先の職場見学へ行ったのですが…不採用になってしまいました。
それでも私は諦めず、私に合う就業先があれば紹介して欲しいとお願いしました。



先日、タイミングよく紹介がありました。
私が抱えている1型糖尿病に配慮してくれていて、早急に人が欲しいとあり…第2の故郷・綾瀬市にある小さな工場でした。



26日の金曜日の夕方に職場見学へ行く事になったのですが…
前日に綾瀬市の職場の営業担当者であるKさんがインフルエンザになってしまい、代理で今の職場の営業担当者であるUさんが迎えに来てくれるから26日の15時休憩の時に上がって着替えて待っててとリーダーに言われて指示に従いました。
(ちなみにUさんはかつて上記の綾瀬市の工場を担当していました)
Uさんから連絡を受けて待ち合わせ場所へ向かったのがちょっと遅めになったのと、ちょうど仕事納めの日だったので車が渋滞にハマってしまい…職場見学が始まったのは16時過ぎでした。
(Uさんが先方に10分程遅れますと事前に連絡をしたので悪しからず)


会議室へ案内されて担当者である専務の説明を受けてから、作業内容を実際に見学しました。
専務から、現在は70歳の方が作業していて未経験から始まったと丁寧に教えてくれました。



最初は緊張して質問がすぐに出なかった私も、1型糖尿病に配慮されている職場という事もあり…低血糖を起こしてしまった場合や糖分補給をどこですれば良いか等を質問しました。
仕事の事も質問しました。覚えられるのにどれぐらいかかるのか、メモ帳や筆記用具は現場に持ち込んで大丈夫か、他に持ち込んではいけないものはあるか等…



その後、会議室に戻り…専務とUさん、私とで話し合った結果、来年1月5日から就業する事が決まりました。



実は大和市の給湯器の職場で担当するラインは派遣会社の請負のラインでもあったので、社員であるリーダーが指揮をとっています。
引き継ぎは本当はしなければいけないけれど…私の代わりにできるのはリーダーか、最近同じラインに戻ってきた前任者のブラジル人のMさんなので、そこは本人達に任せようと思います。
最終日の昨日も、来年の仕事始めから作業しやすいようにある程度準備しました。



最終日の昨日は…
ライン全員と別ラインの親しい人達にお世話になったという事で、食べやすいお菓子を購入し上司に渡してもらいました。
朝礼ではリーダーが、私が最後で次の就業先が決まっているという事を全員に話した途端、Mの取り巻きのフィリピン人のJだけが突然拍手してきたので困惑しました。
考えすぎなのかもしれないけれど、私がいなくなって喜んでいるのか、それとも単に次の就業先が決まって祝福しているのか…
どう受け止めていいかわかりませんでした。
私がご挨拶した後は全員(?)拍手してくれて、それは素直に受け止めました。




仕事自体はお昼までの半日でしたが、最後までケガなく無事に終えてホッとしました。
荷物を更衣室から全部取り出してIDカードを返し終え、Uさんから来年1月5日のスケジュールの確認と次の就業先や新たに担当となるKさんの電話番号を教えてもらってからようやく帰宅しました。



来年からは、リーダーやフィリピン人の意地悪な人達の顔を毎日見ずにあの環境の中でやらなくていいんだと思うと…すごく気持ち的に楽になりました。



1年9ヶ月…昨年4月の母の腸閉塞による緊急入院以外は当日欠勤する事なく、4ヶ月に1回の糖尿病網膜症の検査の通院では有休を使ったので、本当によく顔晴ったねと労いたいです。



最後に…上司やUさん、意地悪してきたフィリピン人にこの言葉を伝えたいです。
(めちゃくちゃ荒くなります…)



人の話を最後までちゃんと聞けよ!!

自分が正しいと思い相手の話を遮って厳しい意見を押し通したら、この人は何話しても無駄だと話す気失せるし、信用できなくなるに決まってる!!

あんたらにされた事は一生忘れないからな!!