”大前提・欠けた心がすべての始まり” | ワタシハ、ワタシ

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どうも。メンヘラです。(`・ω・´)ゞ
だからなに?
かんけーねーし。私は私。
生きる事が苦手ですが
なんとか生きてます。


ナリさんにLINEでリブログしてもいいか
聞いてみたら
いいよって言って貰えたので
リブログしました。

すごい。これ、すごいです。
ホントにこれ、その通りだと
私も思う。
実際、私もそんな感じで。

あ、拒食症ではないけど。
むしろ、過食症。

いや、ただの過食な人。滝汗
=ブーデー滝汗


正直、私も小さい頃から
親の顔色を伺いながら育ってきました。
なので
ものすごい感情の起伏が激しかったかも。
躁鬱っぽいとこもあったし
なんで生きてるのかもわからなかった。
たぶん、病院行ったらすぐに
病名つけられて
それで自分も病人になってしまっていたと思う。


早く家を出たいと願っていたのも
親とは離れたかったからだし。

例え、離れられたとしても
何も変わらない、というのは
私には当時はわからなかったのです。

毎日毎日、嫌だ嫌だと思いながら
我慢して過ごしてきました。
反発する事もあったけどね。
でもそれだけでは足りなかったですね。
反発出来ただけ、
まだマシだったのかなぁ。

結婚して子供がうまれて
子育てしてきたけれど
絶対に母と同じになりたくないと
思ってたはずなのに
長男には可哀想なことをしたなぁ、と
今なら思います…。

自分で気付かなきゃダメなんだよね。
うん、その通り。

気付く事が出来たら
次のステップ。
気付く、というか
受け入れる、ってのがあってるのかな。

許そうなんて
私は思わなくてもいいと思ってる。
そんな簡単に許せないだろうし。

私はこんな風になりたくない、というのを
ものすごく強く思ってました。
嫌い、とかそう言うのは
ひとまず置いといて。

嫌な所は嫌。
だからそんな風にはなりたくない。

でも、いい所もあるのよ。
だからそこは認めるの。
本人には言わないけど。
ブログに書いたり
心の中で思ったり。

そんな親になりたくないと思ってきたから
娘とは仲良し親子で。
息子も、色んなことがあったけれど
仲は悪くは無いし
今は落ち着いて暮らしてくれてるから
良かったと思ってます。

今も私はほぼ毎日、母と会ってるけど
昔ほど、イライラしたり
しなくなりました。

これはもうね、根が深くて
誰かにどうにかしてもらえるような事ではなく
自分でどうにか乗り越えなきゃならないことで。
そのためには
自分が親の何を嫌だったのか
しっかりみつめて
自分の理想を思うのがいいんでないかなぁと。

理想の母親なり人間なりを
明確に出来てきたら
トラウマみたいのから解放されるんじゃないかなぁ、と。

私は子供たちとたくさん笑って過ごしたい。
一緒に楽しい事体験して
一緒に頑張って
一緒に笑いたい。

自分が親と出来なかったことだからこそ。 

なんとか私、子供たちにとって
毒親では無いんじゃないかな…
あんまり自信も無いけどね。

気付かせてくれる人がいるって
いいことだよね。
すごいよね。

今の時代だからこそ。
ブログ見てたまたま知ったブロガーさんの
記事を読んで
共感出来る部分だけ吸収することが出来る。
ほんの30年前にはまだ
こんなに手軽にインターネットなんて
出来なかったんだし。
今の時代って便利だよねぇ!

ちなみに私はまだまだ心に
闇を抱えていると思います。
時々、うわっとやってくる
数年前の不快感や
今の置かれている状況を思うと
心臓が変な動きするし
過呼吸みたいになるし
苦しくもなる。

でもね、
数年前からみたら
本当に楽になったの。
この年になってようやくです。
時間はかかるけど
逃げ場?というか
大丈夫だってのを知れれば
すんごく楽になれるよ。

ナリちゃんさんのブログを知ったのには
たぶん私には必要だったのかも。
まだまだナリ心理学は初心者ですが。
深く深く入り込まなくても
いいとも思うし。

たまーに読んで
そうそう!それ!って共感出来る事があれば
収穫になるもんなぁ。


と、朝にブログ読んでて
リブログしてもいいか聞いたのがお昼。
めっちゃタイミング良かったからか
すぐにいいよのお返事いただき
東北の震災のお祈りをして
その後、リブログ記事を書き出しました。

それがもうこんな時間になってしまったわ(笑)

まぁ、まとまりのない
文章だし
ナリちゃんさんが言いたい事とは
ちょっと違うかもしれないけど
いいの。(笑)
私がナリちゃんさんのブログ読んで
思ったことを書き出しただけなので。(笑)


さて、寝るぞー。

おやすみなさい。