このバッグ、先日の大阪出張 の時に買ったもの。

家賃が払えずに閉店する店の投げ売りで1、000円。


bag

自転車通勤するし、昼休みのトレーニングウェアを入れるのに、丁度よいと思って買った。


パッと見は軽快で、1,000円に見えないと言う人が結構いた。

しかし、モノと価格の間には確実に、作り手の思い、意図が反映されているんですね


僕が使っている、もうひとつのバッグはEddie Bauer のリュック(10年前に購入!)と比較してみよう。


1.生地

1,000円のバッグ(以降、黄バックとしよう)は生地が薄い。編み方がしっかりしていない。

一方、エディーは、生地が厚くしっかり感がある。

また、黄バッグ側面のペットボトル入れのメッシュ生地は、スグにへたりが出てきた(伸びやすい)。


この違いは、長期の使用で穴が開いたり、破れるといったことにつながる。


2.チャック

黄バックはチャックの動きが買ったときから悪いし、開けるときに生地を噛んでしまう。

エディーは、そんな問題は鼻からなし。


使い心地(快適性)の問題。


3.ショルダー部分

エディーはショルダーに十分な量のパット(8mmくらい)が入っているので、バックにたくさん入れてもバランスがいいし、肩への負担が少ない。

が、黄バッグはパットの量が少ない(1.5mm)ので、エディーのようなメリットはなく、肩への負担が大きい。これも快適性の問題だなぁ。


4.バッグの設計のしかた

エディー品は力がかかる部分の生地が厚くなっていたり、二重になっている。

しかし、黄バックに、そのような心遣いが見られる箇所は少ない。


5.その他

ストラップの長さが短い。

取っ手が重量物に耐えられる縫製になっているetc


図面、設計、素材、加工方法が異なっているんですね。つまり、手のかけ方が違う。


一見、似たようなものでも、エディーバウアー品と黄バックでは、果たしている機能は確実に違う。


しかし、両方とも存在意義がある。


それは消費者のニーズが異なるから。


時々、軽いものしか入れない人は黄バックで十分でしょう。

一方、毎日、書籍などの重いものを入れたり、街歩きをする人には使いやすく、丈夫なエディー品が必要でしょう。


そんなふうに自分のニーズを把握した上で買い物をできるのであれば、モノの価値を知っている言えるのだろう。


しかし、自分のニーズを知った上で買い物をしている人が、どれだけいるかは疑問だ。特に、日本人は。


高価なもの、ブランド品という点だけを意識して買い物するのであれば、その買い手は、作り手の意図を無視していることになる。(表面だけ見て、本質を把握していないことになる)


あるブランド品は、長期の使用に耐えうる仕掛けが施されており、その部分がダサく目に触れないで、上手くデザインに溶け込むよう作られている。


それは作り手のもてなし。


レストランやホテルでの無形のサービスだけが、もてなしではない。


形あるものにも、もてなしの心が宿っているのだ。


せっかくモノづくりの国、日本に生まれたのだから、モノの価値がわかる人でいたいものだ。


バッグ、スーツ、時計、クルマetcを使っている時に感じる心地良さが、作り手の意図によるものであることを感じられたなら、あなたの人生のひと時は、もっと幸せになるだろう。