長倉さんはフォトジャーナリスト。

アフガニスタンやエルサルバドルなどの紛争地を多く取材している。

20代の頃に彼の写真を見て、初めて感じたのは、その「眼差しの深さ」。

 

映っている人々の、何とも言えない生き生きとした表情や

なんとも言葉にできない力強い存在感。

紛争地でも戦時下であっても、常にそこには普通の人たちの生活がある

・・・ということを知らされた。

笑いや、悲しみや、驚きや、好奇心や、怒りや、幸せの日常があるということを。

 

 

どうなるかわからない明日を心配するよりも、今日を精一杯生きる。

長倉さんの写真の人々は、野生の動物のように力強く、そして美しい。

 

 

 

年輪のようなシワの深さと、  

同じくらい深い沈黙、

まるで瞑想するような静けさと、 

ティーカップにおちた老人の眼差しの柔らかさ。

 

 


 

泥んこまみれのガキ大将も、
村のモスクでコーランを勉強する子ども達も、
川で洗った食器を頭に乗せて歩く少女も、
路上に座ってつい居眠りしている新聞売りの子も、
放牧に行く前にタップダンスを踊る黒人の子も、

 

 


 

自分のからだに塗る赤い染料をヒヨコに塗って遊ぶブラジルの森の少女も、
大好きなお父さんの隣で同じ格好で気取ってお茶を飲むコソボの少年も・・・

その美しさはどこから来るのか?

 

それはきっと、

ちゃんと「自分の人生を生き抜いている」ということ。

 

自分の馬と共に立つ少年の、

その誇り高い眼差しはどこから来るのか?

 

「自分の中心に力強く繋がった生き方」のその真実が、

子供であっても滲みでてくる表情。

 

そして、長倉さんの心の視線がそれを捕らえる。

 

 

私は野生の動物のようにダイナミックで、

そして素直で自由で大らかな生き方をしたい。

 

 “生き方”というのは単なる哲学ではないから、実際に心の力も、体力ももの凄く必要で・・・簡単なことじゃないけれど、でも、ワクワクしてくる!

 

自分の輝きを生きるって、何よりも素敵なこと!

☆Rieko☆