この世を去った小林麻央さん。。
お疲れ様でした。
そして、感動をありがとうございました。
2年半越の闘病生活は過酷なものだったと思います。
容赦なく身体を蝕む病魔や様々な葛藤。
海老蔵さんや子供達の傍にいてあげたくてもそれが出来ない・・・
きっと、その事が1番辛かったと思います。
病魔と闘い、そして自分自身と闘いながらも、常に前向きな姿は立派でした。
去年9月の会見で麻央さんの病気が公表され、その年の『夏まで持たない』と言われていた余命。
でも、それからの麻央さんの力強い歩み。
ブログを開設して、応援する皆さんや同じ病で苦しんでる方々へ、今の自分を発信して勇気や感動を届けてくれました。
ブログにアップされた写真は、どれも笑顔の麻央さん。
ブログを読む度に思う事
『負けないで。。。』
麻央さんがニュースキャスターとして最後の務めを終え、その場からテレビを通じて海老蔵さんとの結婚報告をした時の、落ち着いた表情での語り口。
その凛とした姿は、とても印象的でした。
昨日の会見で
海老蔵さんが麻央さんの事を
「私を変えてくれた人」
って言ってましたね。
私もそう思いました。何となく・・・
それから『愛』溢れた
素敵なご夫婦だな。とも思いました。
『人生で1番泣いた日』
という海老蔵さんから麻央さんへの愛。
最期の言葉
『愛してる』
と伝えた麻央さんから海老蔵さんへの愛。
海老蔵さんの心中を思うと・・・
ほんと、そっとしておいてあげて下さい。
麗禾ちゃん5歳、勸玄くん4歳とまだ幼い2人。
私が母を亡くしたのも勸玄くんと同じ4歳の時。
享年33歳。
母の事は断片的にしか憶えてません。
朧気に憶えている事と言えば
家で病床に伏してた事
病院で母方の祖母が看護してた事
そして
最期のその時、叔母が泣いた事
それがどういう事なのか
私がその時、どう思ったのか
憶えてない・・・
今ではかえってそれが良かったのだと思います。
その後も母がいない寂しさを感じた事ってあったかな?と思い返すと
強いて言えば
学校で母親と一緒に調理すると言う行事でウチは祖母が来てくれたけど
その時はちょっぴり皆が羨ましかったなぁ。
私と違い、姉はしょっちゅう
「母さんが生きてたらな…」
を口にしてました。
私には母代わりになる姉の存在があったけど、姉にはね…
麗禾ちゃんも勸玄くんも、まだママの死という事が分かってないかも知れません。
まだ、すぐそこにママがいますしね。
顔をなでたり。。
手を握ったり。。
足をさすったり。。。
出来る事なら、いつまでもこのまま一緒に居させてあげたい。
麻央さんにしても、子供達の事を思うと無念でやるせなかったと思います。
でも、麻央さんの力強い生き様は麗禾ちゃん、勸玄くんの胸にしっかりと刻みこまれた事でしょう。
例え、今、分からなくても
ゆっくりゆっくり。。
海老蔵さんの、ますますのご活躍と
麗禾ちゃん、勸玄くんの健やかなる成長を
願うと共に
小林麻央さんのご冥福を
心よりお祈りいたします。