連休に家族で信州に行ってきました。
まさに目には青葉、そしてホトトギスならぬウグイスの鳴き声にリラックスできる初夏の良い時間を持てました。



◆無言館 戦没画学生が遺した絵を収集、展示しています。「しんぶん赤旗 日曜版」にこの前まで連載されていた館長の窪島誠一郎さんによる「無言館のうた」は毎週、読んでいるうちに正座になり、姿勢を正し、そして泣けてくる素晴らしいエッセイでした。今回は初めて無言館に行った時のように号泣まではしませんでしたが、それでもやはり絵を見、解説を読んでいると涙が溢れてきました。そして戦争をした為政者への怒りも。
絶対に #戦争反対 です。
 







◆ 松代の地下壕  長野市の南にある松代に戦争末期、地下に巨大な壕を掘って大本営を移す計画を国がたて、終戦の8月15日までの8ヶ月間ほどでほぼ掘り終えていた跡地が見学できます。「松代大本営」と呼ばれています。今回、初めての見学でした。
東京の空襲から政府と軍部の中枢、そして天皇や三種の神器を守るためです。
入場前に、すぐそばにある資料館で説明を聞きました。工事を請け負ったのは今で言うゼネコン。工夫はほとんどが徴用された朝鮮人だったとのこと。
天皇を東京から移動させるためのキャタピラー車も計画されていたことも知りました。
沖縄戦のガマをイメージしていましたが、こちらの中はほとんど湿気はありません。硬い岩盤で、冷んやりしていました。

「なぜこの松代が壕の候補地に選ばれたのか、岩盤のしっかりしている場所は他にもあるだろうに、なぜ」と長年知りたかったのですが、「信州」🟰「神州」、つまり神の国日本に相応しいから、そして、米軍が上陸してきても海から離れているのでより安全だろうからが理由だったと聞いて呆れました。

もう神風に頼るしかない状態。海から遠いと言ったって、東京湾から1日で到着できる距離です。

こんな幼稚な決定しかできないヤツらが日本のトップにいたということ。そしてそれに国民は従うしか無かったということ。

それにしても、松代に掘った壕の中で何日間、持ち堪えられると思っていたのでしょうね。

「負けは確定だから、もう諦めよう、こんなことまでしなくても」と誰か口にしなかったのでしょうか。まぁ、そんなこと言える空気じゃなかったんでしょうね。

国民主権になった今の私たちはこんな愚かで情けない政治に2度と戻さないように、必死で頑張りましょうね。

そうそう、日本共産党の田村智子委員長は信州の出身で、生家の文房具店跡をご自身の動画YouTubeで紹介されています。




近かったので寄ってきました。

小諸も松代も旧い街の残る趣ある素敵な街でした。

#松代大本営 #政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意