親愛なる先生へ


昨日のお手紙に、「否定の応酬」なんていう言葉を持ち出したんですよね。


こういう、「否定」って要素、自分の生育歴を振り返るにつけ、つくづく思い当たる節があるんです。もう、気がついたら常に否定」してるみたい。(「いちゃもんつけ」とも言いますね。)


で、それこそが正しい健全なことなんだ、ってことにしちゃってるんですよ。 向上心や、愛情とかがある証なんだ、とかなんとか言ったりして……。


でも、落ち着いてよくよく考えてみると、「否定」されて良い気分になることって、はたして有るのかしら? って疑問がわいてくるんです。だってそれって、悪く言われる・けなされる、ってことですもの。


かくして、ひどい逆転現象が生じちゃってることが、明るみにでるわけですね。

人間関係がうまくいったためしがなかったのは、そういうことが原因だったのかもなあ。


さて、この続きは、また次回以降ってことで。


あなたの一番弟子(でありたい) elaine