親愛なる先生へ
昨日のお手紙では、「自分って、そもそも、『傷ついてた』ということ自体を意識できないで来たんじゃないか? 」と述べたのですが……。
もっと、よく考えていくうちに、つぎのような疑問まで、浮かんできてしまいました。
『11月4日のお手紙では、「人間関係で傷ついた心の癒し方」って言ってたけど、自分の場合は、そもそも「人間関係」って、あったのだろうか? 』……と。
どうしてか、というと。
つぎの一文のことを、思い出してしまったからなのです。
だいたい、本当の自分でないまま人間関係をつくろうと思っても、そもそもそこには「関係」などありません。
『未来は、えらべる!』 星占い&幸せのヒント ジーニーの「助けてエンジェル」
振り返ってみると……。
すでに、昨日のお手紙で、「ちょうど、1月31日のお手紙の『解離』とか『離人症』とか、もしくは2月10日のお手紙の『ボーッとしてしまう』とかで、なんとかやり過ごして来てた、ってことなんじゃないかなー」などと、書いてますし。
もっといえば、1月26日のお手紙でも、「“ほんとの話”ってのを、してきた覚えがない 」なんて、書いてましたっけ。
こんなに、「本当の自分でないまま」だった、って要素が出そろってるんだから、上記の引用文の通りなら、「人間関係」なんて呼べるものは有り得なかったといえるのかも?
なんかちょっと、混乱気味のようなので、少し考えてみることにしてみますね。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより