親愛なる先生へ


昨日のお手紙にて、「人間関係で傷ついた心の癒し方」ってのをご紹介したんですよね。


で、それについて、意見・感想などを述べるつもりだったのですが……。

意見・感想など」について思いをめぐらしているうちに、気づいたんです。

「自分って、そもそも、『傷ついてた』ということ自体を意識できないで来たんじゃないか? 」ってことに。


どういうことかというと。

11月3日のお手紙に、「ほんとうは自分としてはイヤだったはずなのに、親や妹たちとの付き合いをうまくやらないといけないからこそ、それまで自分が使っていたおもちゃを、我慢して妹たちに使わせてやってた」って書いてましたでしょ。

これ、まさに当時の日常だったんです。しかも、自分ではどうにもならない、逃れられないことだったわけで。

それだってのに、いちいち「自分が傷ついてる・傷ついてた』なんてこと、意識してられませんわね。

なんていうか、それがデフォルト・原体験みたいになっちゃってた、ってことなんでしょう。


だからですね。

ちょうど、1月31日のお手紙の「解離」とか「離人症」とか、もしくは2月10日のお手紙の「ボーッとしてしまう」とかで、なんとかやり過ごして来てた、ってことなんじゃないかなー、と、思ったりしてるんです。


では、今日のところは、これにて。


あなたの一番弟子(でありたい) elaine