親愛なる先生へ


昨日のお手紙の最後の方で「『幼少時からたたき込まれた事柄と異なること』をしないといけない 」と書いたんですよね。


そこでですが、ちょっと“そもそも論”として、思ったんですよ。

この「幼少時からたたき込まれた事柄」って、いわば「たたき台」みたいな位置付けであってしかるべきなんじゃないか? と。


だとしたら、以下の文の通りのことが言える、ってことになりますよね。

 

そもそも、たたき台の段階では必要な情報も十分揃っていないはずなので、この段階で完成形を目指すことは不可能です。

 

ご存じですか?たたき台の正しい意味と作り方、上司を唸らせる 7 つのポイント

 

なのに、自分の場合、そういう発想を持てずに来てしまった。それが問題点のひとつとなってしまってたのかも。

だいたい、これまでのお手紙で書いてきた事柄にも、そういうことは読み取れるんですよ。例えば3月19日の「『まーええわ』ということばで打ち切られちゃう」とか。5月12日の「『なんで』ときいても『なんででもっ!(怒)』で打ち切られ」た、とか。

そういう乱暴な仕打ちの後始末、っていうんでしょうか、ホントなんとかしないと、って感じですよね……。


それでは、今回はこのへんで。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaine