親愛なる先生へ


昨日のお手紙の中で引用した文についてですが、あらためて考えてみると、こんなふうな疑問がわいてきてしまうんですよね。

「『オアシスにたどり着き』なんてあるけど、たどり着かなかったらどうするの? 」って。


だってですよ、「認めるだけでいい」なんて悠長なこといってられるのは、「オアシスにたどり着」ける、という前提あってこそ、なんじゃないの? 「たどり着」けないのなら、もう「認める」も何もあったもんじゃないんじゃないの? 

……なーんていう反論を、どうやって封じ込めたらいいのやら、って感じになってきてしまいます。


まあ確かに、これまでずっと不遇続きだったのなら、そんなふうな思考回路になっちゃうのも無理ないんだろうけど、それだと話が進まないですもんね。


どうすればいいか、また少し考えてみようと思います。


あなたの一番弟子(でありたい) elaine