親愛なる先生へ


なんか、昨日までのお手紙を振り返るにつけ、わたしって心ない言葉をかけられてばっかりだったんだなあ、と思ってしまいます。


だけど、そういう言葉を発している方としては、その自覚はどの程度あったのでしょう? 

ここで、ふと思い出したことがあるのです。じつは、つぎのようなことをしきりと言われてたこともあったのでしたっけ。

「嫌なことを言われたとしても、『なにくそ』と発奮するようじゃないとあかん。」と。


つまり、向こうとしては、「嫌なことを言」ってる自覚はあったんですよね。そして、それをすっかり正当化しちゃってる。「なにくそ」って言葉によって。


でもですよ、これって、ほんとに正当化できるようなしろものなのでしょうか? 

だって、もしこんな理屈がまかりとおるのなら、それこそありとあらゆる、いじめ・ハラスメント・虐待、ひいては暴力そのものまで、正当化できちゃいかねないじゃないですか。


まあ、いったん時間をおいて、考えてみることにしようと思います。


あなたの一番弟子(でありたい) elaineよ