親愛なる先生へ


昨日のお手紙での論調は、たしかこんな感じになってたんですよね。

「『気エネルギー』とか、『生き生き』とかは、善悪とか、正誤とかいった基準みたいなものとは相性が悪い」というような。


思うにわたし、どーしてもこの「善悪とか、正誤とかいった基準みたいなもの」を無視(?)することが、なんていうか、コワいみたい。

まあ確かに、例えば3月16日のお手紙に、「規範意識」について書いたりしていたくらいですものねえ。


で、またちょっと、思い付いたのですが。

例えば4月6日のお手紙や、4月23日のお手紙なんかに、「かわいがられなかった→愛されなかった」、っていうようなことを書きましたでしょ。

「善悪とか、正誤とか云々」にこだわってしまうのは、そのせいなんじゃないか? なんて。

いわば、『普通にしてたら愛されないんだから、せめてイイコにしてたら愛されるはず。』

とかなんとかいう心の動きがあったりしたのかも。

だけどそういうのって、3月4日のお手紙にも書いた「迎合」にあたるといえそう……。


まあとにかく、今回はこの辺で。


あなたの一番弟子(でありたい) elaineよ