親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙に書いた「堂々巡りの構図」に対して、どうするか、ということですが。

ここらでちょっと、原点回帰といいますか、1月3日(お手紙形式にする直前)に書いた、「下敷きにしている書籍」に、ヒントがある気がするんです。

ちょっと引用しますね。

 

  私たちが学ぶのは、
  万人向けの有用な知識や技術を習得するためではありません。
  自分がこの世界でただひとりの、
  かけがえのない存在であるという事実を確認するために、
  私たちは学ぶのです。

  私たちが先生を敬愛するのは、
  先生が私の唯一無二性の保証人であるからです。


  …(中略)…


  先生というのは、
  「みんなと同じになりたい人間」
  の前には決して姿を現さないからです。

  先生は、
   私がこの世に生まれたのは、
   私にしかできない仕事、
   私以外の誰によっても、
   代替できないような責務を果たすためではないか・・・。
  と思った人の前だけに姿を現します。

 

【よぶこえ】第981号「思いこみの誤解」2014・8・4 - よぶこえ(中村清志オフィシャルサイト)

 

このなかで、とくに注目したいのが、 「唯一無二性」 というところだったりします。

というのは、昨日のお手紙のような、「にっちもさっちもいかなくなってる」状態ってのは、はたからみると全くなんにもしてないのと同じだ、っていうのが、なんともイヤだったんですけど、そこにこの 唯一無二性」 という発想を持ち込んだら、なにか新たな可能性がひらけて、希望のようなものが持てるのかな……なんて。


まあ、なにはともあれ、続きはまた次回以降に。


あなたの一番弟子(でありたい) elaineよ