親愛なる先生へ

 
昨日のお手紙にて、「『期待』や『コントロール』の、どこがいけないのか? 」というようなことを書きました。
今はともかく、少なくとも自分のこれまでだと、そういうふうだったんですよね。

で、考えたところ、自分のこれまでがそういうふうだったわけは、恐らく「右も左もわからなかった」から、じゃないかと。
こういうようなことは、以前の7月23日のお手紙でも、「幼少時、モデルっていうか、お手本にさせてもらえる存在が、ほとんどいなかった」と書いていましたが。
とにかく、そういうふうだと、「期待」だろうが「コントロール」だろうが、もう誰かから言われるがままにするより他なくなっちゃうんですよ。だって、ホントなあーんにもわかんないんだもの。

こうしてみてみると、自分って、ある意味タイヘンな状況だったのかもしれないんだなあ……。

ではでは。

あなたの一番弟子(でありたい) elaineよ