親愛なる先生へ
 
昨日のお手紙の中で、つぎのように書いた箇所のこと。
幼少時以来の周りにいた目上の大人たちって、全然そういうこと(※ 例えば光ばっかりで影が全然ないと、何にも見えなくなっちゃう、みたいなこと)を考慮してなかったように見受けられるんですよね。
やたらと、『好ましくない存在』とか『影』とかいったようなものを、あげつらって、撲滅しようとしてたみたい。
そういうことがホントに可能だと思い込んでた、てことなのかな? 」……と。

 

コレ、どういうことなのか、考えていたところ、もしかしたら、これのことかな? と思えるような文章を、ネットで見つけました。

 

 私の身近には、口を開けば「立派なこと」をいう人がたくさんいた。正義、愛情、正直、教養、それらをさかんに口にした。

 

 そして、その人達に私は振り回され、こづき回され、自分を見失い、疲れ果てた。典型的な自意識過剰で、自己不在の人間となって、生きることに消耗していた。

 

 私の回りには、小さい頃から、抑圧の強い人がたくさんいたのである。つまり、心の底に不安を感じながら、自分が不安な人間であるということを認めない人達である。彼らは生きることを怖れていた。しかし、自分が怖れていることを認めることを拒んでいた。臆病でありながら、自分が臆病であることは決して認めなかった。

 

 自分が臆病であることを心の底で知りながら、それを認めることを拒否した大人ほど、子供に大胆で勇敢であることを求める。自分が利己主義者であるという事実を認めることを拒んだ人ほど、他人に対して厳しく利己主義を禁じる。

 

(1) あなたを苦しめてきたのはだれ? - [著]加藤諦三 - 犬耳書店

 

えっと、これについて自分が考えたことなどについては、また次回以降ということにします。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineよ