親愛なる先生へ
昨日のお手紙に、「『社会』は見る目がないのでは」というようなことを書いたのですが、そうなってくると、流れとしては、「じゃあ、その『見る目』を養うには? 」ってことになってきますよね。
つまり、「もともと『完成品』だ」と思えるようになるには? ってことです。
まあ、いろんな時と場合があるんだから、どーーしても「これでも『完成品』だと思えと言うのか? いや、絶対ムリ」って状況にもなりますわね。
そんなときに、こうしたらいいんじゃないか、と思い付いたことというのは、例えば、5月3日のお手紙に書いたような、「“おわりのあと”に着目」ってこと。
要するに、いつまでもこういう状況が続くわけなくて、終わりだと思ったとしてもまた続きがあるのだから……ととらえて、気をらくにするのがいいんじゃないか、と。
さて、今日のところはこれにて。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより