一般的には、
『奴隷の人生』というものを、
率先して選択する人などいないと、ほとんどの人が考えると思います。
でも、
実際は、その環境に慣れてしまうと、
人は簡単に『奴隷の人生』を強く望むようになるんです。
例えば、次のような言葉を聞いたことはありませんか??
親・親族が強く進言したから、その人と結婚した。
(あるいは、その人と結婚しなかった。)
配偶者・周囲の人から強く止められたので、独立・起業を諦めた。
(あるいは、他人に言われて独立・開業した。)
会社・上司から命じられたので、その仕事・役職を甘んじて受け入れた。
(あるいは、その仕事・役職に挑戦しなかった。)
友人・知人たちから批判を受けたので、自身の『夢』への挑戦を諦めた。
(あるいは、自身の意に沿わない道に進んだ。)
などなど。
おそらく、一般社会にはこれらの言葉が溢れていて、
こういった考え方をしている人は、全体の大半を占めるのかも知れません。
そして、
こういった方々は『大きな考え違い』をしていて、
『私は周囲の期待に応えてきた、良い子』と思っているのかも知れない。
しかし、
少しだけ厳しいけれど、率直な意見を言わせて頂くと、
彼ら・彼女らは、自分で『決断』して進むことの『責任』から逃げ、
他者にその『責任』を転嫁してきた『卑怯者』だと思うんです。
自ら『決断』して『行動』すると、
否が応でも、何かしらの『結果』が出てくるのは当然です。
『良い結果』が生まれることもあれば、
もちろん、『悪い結果』が生じてしまうことも、人生にはありますよね。
…(中略)…
『良い結果』が生まれた時は、喜び、自分の『権利』を主張し、
『悪い結果』が生まれた時は、他者を批判して、ぶうぶう言っていれば良い。
『奴隷の人生』を送ることは、慣れ切ってしまった人間からしたら、
『挑戦の人生』『自由な人生(自己責任の人生)』を生きるよりも、楽になるのです。
支配するサイドは『生かさず』『殺さず』与えるので、
その中で生活している分には、過度に『リスク』を取ることもありません。
ちょうど、『水槽の中の金魚』『檻の中のライオン』といった所でしょうか??
『奴隷の人生』を選択しているのは、自分自身。 | 井上耕太事務所 公式サイト
なんと、“奴隷”みたいになっているのは、“楽になる”から、だったなんて!?
ちょっと意外だったけど、言われてみれば思い当たるふしがあるかも。
というのは、周りからあまりにああだこうだとウルサくいわれると、それに抗うのは、メチャメチャくたびれるのだもの。
だから、結局根負けして、しぶしぶ言われる通りにした……というありさまは、捉え方によっては、「楽になる」方を選んだということになってしまうのかも?
なんだか、考えることが増えてしまったみたいですね!?
なにはともあれ、今日のところはこのへんで。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより