親愛なる先生へ


昨日のお手紙の中に、久しぶりに「動作が遅い」という言葉が出てきたので、この言葉と、それに加えて5月1日のお手紙中の、何かが足りないとか、欠乏しているとか、限りがあるとか、そういう要素」とを絡めて連想すると思いつくことについて、書いてみます。


それは何かというと……例えば、「椅子取りゲーム」。

「動作が遅い」と、とにかく不利。

そして、椅子の数は、参加者の数よりも、必然的に一脚だけ「足りない」。

 

子供の頃、椅子取りゲームが嫌いだった - プチメタ3.0

 

このブログ記事、「よくぞここまで書いてくれた! 」って感じで、すごくうなずけるんです。


まあ、実社会においては、こんなゲームなんてくらべものにならないくらいに激しいポストの奪い合いってザラなんだろうから、そんな目くじらたてることはないのかもしれないですけど。


ただですね。

この「椅子取りゲーム」、自分の印象では、もっぱら幼稚園でやってた感じなのですが、このことをよく考えてみると、ある問題点が浮上してくるんです。

詳しくは、次回以降に書くことにしますね。


あなたの一番弟子(でありたい) elaineより