親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙にて、「失ってきた『パワー』を、なんとかして調達すべし。でも、具体的にどうすれば? 」と書いたので、今日は、そのヒント(?)となりそうなことについて提示してみようと思います。

 

じつは、4月23日のお手紙で、「自分は、真に『かわいがられ』てはいなかったんだ、と割り切りを要するのではないか」と書いた時点で、『そういえば、以前、ネットでつぎのような文を拾っていたんだったっけ。』と思い出したのです。

以下、引用しますね。

 

 愛されたという実感を持てないまま大人になると、世界全体が、ひどくよそよそしい感じをもって、自分を「ただ」見ている、という感覚に襲われることがあるのではないでしょうか。世界は「ただ」自分を乗せて回っているに過ぎず、この命がどうなろうと知ったこっちゃないんだ、とでもいうような。
  けれども、例えば「家庭」のような小さな枠組みの中でひどく愛された経験を持てたのだとしても、一歩外に出ていってみたとき、そこに広がる世界はやはり、よそよそしいものに過ぎないかもしれない。
  どのみち、他人は誰もはじめから自分の味方ではないし、世界は「ただ」、乗せて回ってくれているに過ぎないんですね。
  けれどもそこで初めて、さびしい子どもは解放されるのではないかと、わたしは思っているんです。五感の意識を高めて空を見上げ、寝そべったとき、自分に対して好意的な生命だけを、感じとることが出来ます。それはもの言わぬ生命ですが、世界中に溢れているものです…。例えば目に見えるものならば星であるとか、そうでなければ、季節の変わり目の空気の匂いのようなもの。自分にとって好ましく、好ましく美しいと感じることによって関わりを持つことが出来るすべての世界。それらがみんな、さびしい子どもの味方になってくれるんですね。

 

vol.9 We love Nausicaa! /「風の谷のナウシカ」~癒しの未来

 

……さて、引用部分だけで、けっこう長くなってしまったようなので、続きはまた次回以降にさせていただくことにします。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより