親愛なる先生へ

 

このところ、「割り切り」について書いていますが、考えてみるに、わたしが最も「割り切り」を要するものって、こういうことかもしれないです。

「自分は、真に『かわいがられ』てはいなかったんだ」と。

(4月6日のお手紙と重複するようですが。)

 

で、ちょっと最近、思いついたことなのですが。

もしかして親は、わたしのことを、あたかも「人形」か何かのように、「かわいがって」いたにすぎないのかな? ……なんて。

 

人形遊びするときって、みんな、人形自身が何か考えてるとか、何か人形自身の意思がある、なんて、思いませんよね。

(もし、人形に何かが乗り移っていて、そういう状態とかになっていたのだとしたら……ホラーかも。)

 

だけど、こちらは人形じゃない。ちゃんと自分で考えてるし、意思がある。

 

親は、そういう視点が抜け落ちていたのかもしれないな、未熟だったんだよな、と思ったりして。

 

それでは、今日のところは、これにて。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより