親愛なる先生へ


昨日のお手紙では、「自分はコミュニケーション能力が完全に破壊されているんだ、と、しっかり認識することには、メリットがある」、というようなことを書きました。


それはどういうことか? というと。

なんかね、居直れるというか、覚悟が出来る、というような感じになるんですよ。


もしかすると、次のブログ記事内にでてくる、「カタギじゃない」という言葉みたいなものかも? とも思えます。

 「救われる言葉」の構造 | 正しいネガティブのススメ

 

……うーん、どうも、うまく言えてなさそうで、もどかしいんですよねー。

次回のお手紙までに、どう説明すればもっとよく伝わりそうか、研究してみることにします。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより