親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙で、「これまで言われたり教わったりしてきたものの方が、間違っていた、すなわちウソ。」だったのではないか、と書きました。

 

むろん、そんなこと言い切っちゃうと、これまで自分に対して様々なことを言ってきたり教えてきたりしたひとたちを否定することになり、失礼だ、ってことはわかってます。

 

もっとも、なんか主観的にすぎないですが、とおーい記憶に、なんかこんなようなことがあったんじゃないかなー、というエピソードがあるんです。

例えばですね、以前はわたしは自分のことをいわば善だと思ってた、というか、欲しいものを持っている、っていうか、そういう気分だったんです。

それなのに、なぜかそれをことごとく否定された。否定されるいわれは全く思い当たらなかったというのに。

 

それって、以下に引用するような文に似た状況なのかもしれないな、と思うのです。(ちょっと分かりにくい引用ですみません。)

 

明白なのに、そこを敢えてというからには、私の理解ではまだ及ばない、確たる根拠がそこにあるということ?
…(中略)…
きっぱりと言い切る表情、口調、声等の態度と、それを聞いている人たちの間に何ら不協和が見受けられなかったこと、そういった「それ…(中略)…を当然とする場の雰囲気」

 

違和感のもと|矛盾の発見

 

思うに、何かが「無い」のが明らかなのを、ひとから「無い」と指摘されたとしても、それは“ふつう”なんです。とくに何とも感じずに済む。

だけど、何かが「有る」とはっきりしているのに、それを「無い」と指摘されるのだったら? めっちゃ混乱しちゃうんじゃないでしょうか?

わたしが、ずっと悩んでいたのは、もしかするとこういう背景があったのではないのかなー、なんて。
 

それでは、また。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより