親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙で、「境界線・透明バリア」のことを取り上げたのですが、そのことに関連して、思い出したことがあります。

 

それは、2月6日のお手紙にて、「『愛情』って、なんてイヤなことだろう……って感じていた」と書いたこと。

もしかしたら、そう感じていた理由のひとつとして、この「境界線・透明バリア」という観点を含めると、合点がいくんじゃないか? とひらめいたのです。

 

つまりですね。

例えば、自分独自のことだというのに、相手に、「こうこうこうでしょ。」と、勝手に決めつけられるわけですよ(そしてそれは完全に的外れ)。

そうして、つぎはその相手に、「今度は、自分(※ その相手自身のこと)の気持ちを察しろ。」などと迫られる。で、それをぴったりと当てない限り、「お前はなんて冷たい愛情に乏しい奴だ」と、なじられるわけ。

 

思うに、こういうのって、愛情と境界越えとの区別がついてなかった、ってことになりはしないでしょうかね?

 

次回のお手紙までに、ちょっと考えてみることにしようと思います。
 
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより