親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙の中で引用したページの中に、「迎合」という言葉が出てきたんです。
最初は、『なんか馴染みのない言葉だなー。』と思いながら読み進めていったのですが、そのうち、自分にとても当てはまっているような気がしてきちゃったんですよ。

 

以下に引用するのは、昨日のお手紙の中で引用したページと同じサイト内の別ページに、書いてあった文章です。

 

その行動の『動機』は、相手と対立しないためではないのか?
相手にすり寄るためではないのか?
もしそう感じるのであれば、それは『迎合』なのです。
そしてそれこそが、虐待の後遺症なのです。
徹底的に相手との対立を予防し、回避するのです。
なぜなら、対立せずにすむ状態を確保しつづけることによって、自分の、
『身の安全』
が守られるからです。


迎合してしまう - 虐待の後遺症

 

えーっと、思い返せばわたし、1月26日のお手紙の中で、
「誰かと話すのは、あたりさわりのない、どーでもいいことだけ。
もう既にみんなが知っているような、手垢のつきまくったジョーシキ的な話題だけ。」
って書いたんですよね。
で、もしかしたらソレ、この「迎合」のなせるわざだったりするのかも? ……なんて思えてきてしまって。
なんかちょっと、愕然としていたりします。

 

さて、この続きは、また次回以降に。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより