親愛なる先生へ
昨日のお手紙にて、「こちらには、本来非はなかった」のではないか、というようなことを書いたのですが、じつをいうと、『そんなこと言うのは、おこがましいのでは? 』という疑念が、どーしても抜けないんです。
もっとも、こういう説があることを、けっこう前から知ってはいるのですがね……。
幼い子供が悪さをするといっても、しょせんは子供ですから、やる事はたかが知れています。全ては、親のイライラやマイナス感情の矛先が子供に向かっているのに過ぎません。
あと、親子関係には、つぎのような要素があるっていうことも、充分考慮に入れないといけないと思います。
子ども時代に、精神的負債を課せられず済んだ人は幸いだと思う。自分では何一つ変えられない、変えようがない時期。
親の要求に応えなければ愛してやらないという態度を親がとったとき、抵抗できる子どもなどいない。何かを支配したい欲求を内に秘めた親にとって、これほど誘惑に満ちた方法はない。親子関係は、一歩間違えれば危険きわまりない一方的権力支配の関係になる。
支配したいという欲求を胸に秘めた親にとって、子どもの「わがまま」は恰好の口実になる。「躾」の名の下に堂々と権力を振るえるから。言葉は権力を持つ者が定義するので、子どもにとって理由のある行動を「わがまま」と、親による暴力を「躾」と、親自身が定義できる。その構造に敏感でありたい。
丹治吉順 a.k.a. 朝P(@tanji_y)/2014年07月22日 - Twilog
では、今日はこのへんで。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより