親愛なる先生へ
昨日のお手紙では、またもや、「先生に見て取れた『透明感』(1月23日のお手紙の)って、もしかして、『自己欺瞞』が『ない』、ということなのだったりして? 」などと、「持ち上げる」ようなことを書いてしまいましたね。
あ、ちなみに、「そんなの、ほんとかどうかわかったもんじゃないでしょ!? 」なんていうツッコミは、無しってことで。なにしろ、2月6日のお手紙に書いたとおり、先生に関することは、「史実を基にしたフィクション」なんだと考えることにするのだから。
話を戻して……
この「『自己欺瞞』が『ない』状態」というのは、もしかすると、こう言い表せるのかな? と思えるような文章が、ネットにあったので、引用しますね。
健全な人は、自分の汚い部分(社会通念で認められないような部分)も自分で肯定しているので、心が平穏です。すると、毎日機嫌がいいため、結局周りの人を幸福にします。元気に「おはよう!」と言えるし、人にイライラをぶつけることもないわけです。そして、何より自己肯定力により批判しなくて済み、いい人と思われやすいのです。
「あの人は、全然人のことを悪く言ったりしないし、いつも明るくて素敵な人だ」と思われやすいということです。(実は違うんですけれどね。でも、こういった健全な方たちは、実際、復讐などに気を取られることもないと思います。つまり、本当に安全な人であることは間違いないのです。)
自分で自分の感情を認めて、感情に折り合いがついているのであれば、決してとんでもない行為にも出ません。容易に我慢出来ます。話すことも明るいことばかりで楽しい人です。結局周りの人にとって、付き合いやすい人なわけです。
ところで、この引用元のページ全体や、このページを含むカテゴリーである
に載っている他のいろいろな記事って、すごく頷けたり、考えさせられたりするところがあるんですよね。
とはいえ、今日のところは、このあたりにしておきます。
あなたの一番弟子(でありたい) elaineより