親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙では、なんだか自分の抱えている問題が、ちょっと自分だけじゃ手に負えないのかも……みたいな感じに、弱気になっちゃってましたね。

 

あのあと、ちょっと別件なのですが、

「被責妄想(実際に人から責められていないにもかかわらず、人から自分の存在あるいは自分の行為を責められているように誤解すること)」や、

「被蔑妄想(人が自分のことを実際には蔑視していないのに蔑視しているかのように思ってしまうこと)」

について調べていたところ、つぎに引用したような文をみつけ、参考になりそうだと思いました。

※ なお、この「被責妄想」も「被蔑妄想」も、どうやら、自分の状態にとてもあてはまっているんじゃないか、と思えてならないです(汗)

 

それをいいとか悪いとか価値判断はしません。是非善悪の判定はしないのです。
その特徴を自分なりによく観察します。生活する上でどんなふうに問題が生じているのか。
それは生きていく上に決定的な障害なのか、あるいは学校に行ったり会社に行ったりする上で、苦しいけれども最低限のことがなんとかできるレベルなのかどうか。
あまり自分で手に負えない場合は、医師やカウンセラーに相談しないといけないかもしれません。

私のようになんとか社会生活を続けていける状態でしたら、そういう自分を正しく認識することがまずもってとても重要だと思います。割り切るといってもいいでしょう。あきらめるといってもいいでしょう。適当な言葉は見つかりませんが、要するにそういう事です。

裏を返せば被責妄想、被蔑妄想の自分を変えようとしないことです。それと共存して、そういう自分をいたわり励まし続けていくという覚悟を固めることです。
その覚悟を決めたら葛藤がなくなります。苦悩することがなくなります。
なぜならそういう自分をいじめる自分がいなくなったからです。
覚悟を決めた人は、被責妄想、被蔑妄想を持っている自分ができることしかしません。
その自分を起点にして足を踏み出すことができるようになります。
自己否定する自分は駆逐したのですから、こんなに安楽な生き方はありません。

 

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この中の、「自分を変えようとせず、そういう自分をいたわり励まし続けていくという覚悟」というのが、ポイントなのかもしれないなー、などと、考えた次第。

 

もっとも、こういうのって、「向上心に欠けるのでは」というような指摘には、どう対処したらいいものやら……という懸念が無きにしもあらずなんですが(苦笑)

 

それでは、今日はこのへんで。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより