親愛なる先生へ

 

昨日のお手紙にて、「リスペクト」について触れたのですが、言い方を変えると、もしかすると、このような表現になるのかもしれないですね。

 

「呪いの言葉」は、人を記号化したり、カテゴライズしたり、一面だけを切り取ってその人の全体を表してしまう言葉です。「反革命」とか「非国民」とか。本来は多様で複雑な人間の存在を、単純化し、記号化してしまう。

 

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「祝福の言葉」は逆に、目の前の人間や物事について、それを「語り尽すことができない」という謙抑的な態度を示すことだと思います。世界の深み、厚みに対する慄(おのの)きや感謝を忘れないのが「祝福の言葉」です。対象を語り得ないという、おのれの言葉の貧しさを認識すること、世界が汲み尽くし得ないほど広く深いという自覚を持つことが祝福ということの本義だと思います。


祝福? 呪詛? | A Seedsman's Tweets ~種蒔き種蒔き♪~

 

つまり、わたしが着目しているのは、「リスペクト」≒「祝福」、ってことなんだろうな。
一方で、幼少時からわたしが知らず知らずのうちに傷ついていたことがらのエッセンスは、じつは「呪い」だった、ってことなのかも?

 

では、今日はこのへんで。

 

あなたの一番弟子(でありたい) elaineより