このところの記事の論調だと……。
当ブログにて12月25日に書いていた、未解決だったギモン「『いいことに着目する』と、『臭いものに蓋をする』とは、どう違うのか? 」について。
現時点でのわたしの状況からすると、つぎのようなことになりそうです。
ズバリ、「臭いものを蓋でおさえこむのに必死で、いいことに着目するどころではない! 」(ガーン! )
もう、はやいとこ、臭いものをなんとかしないと! ってことですね。
とはいえ、これまでずっと、その環境・対象、がなってなかった、ってわけなんだよなー。
親に愛されなかった人はこれからどう生きればいいだろうか? それは何でも良いから目には見えない「信じられるもの」を持つことである。 ピンチの際に「おかーさーん!」と心の中で叫べるものを持つことである。
実際の母親とは別の「母親代わりの存在」を見出すことで、救われる人は多い。
それは身近な人でもいいし、芸能人、作家などの著名人、あるいは小説の中の登場人物などを”心の中の母”にする場合もあり得る。
人ばかりでなく、私はときに、心に深く響いた本なども母親代わりを果たしてくれることがあると考えている。本だけでなく、大切な人からもらった手紙やお守りといった心のよりどころとなる物、ということもあるだろう。
重要なのは、その人物や物に、どれほど感情移入して愛着を感じられるか、そして何よりも、それが健全な対象であるか否かが重要だ。
前を向いて生きるために、母と縁切りするしかない娘もいる | あんな母でも、許さなければいけませんか? | ダイヤモンド・オンライン
これらをふまえて、今、考えていることがあります。
くわしくは、次回以降に。