昨日の記事執筆の最中、ふと「言いくるめられてる」ということばが出てきてしまい、はっきり言って愕然(!)
だってそうでしょ、どんないいコト言ってる文章を持ってきたところで、『もしかしてコレ、ただ「言いくるめられてる」だけなんじゃないの? 』なんて言い分持ち出してきたとたん、なにもかもパーになっちゃうじゃん?
だったら、一体なんで「言いくるめられてる」なんてことばを使ってしまったのか?
もしかして、こんな心境だったとか?
『そんな姑息な手に乗ってたまるか、ひとの気も知らないで。』
――ひょっとして、こんな意識が心のどこかに存在しちゃってるからこそ、このところの懸案の「心から納得できるストーリー探し」ってやつが、難航してるのかなぁ?