自分が自分を信じてあげられないで誰がわたしのこと信じてくれるんだろう
これ、今のわたしにすごいピッタリなコトバだな
って感じました。
確かにそうだ
だって、商品一つにしてもそう
この商品めちゃいいんだ!○○が○○で○○だからさ!!!
って言われるのと
わたしはいいかどうかわかってないんだけど、でもとりあえず使ってみなよ
って言われるの、圧倒的に前者の方が使いたくなるでしょう。笑
人は自分の思ったとおりの人間になる
とか
思考は現実化する
とか
自分が心の底から許可できたことしか目の前に起きない
とか
なんともこわっ!
と思うけどほんとにそーらしい。
最近、身近なことから感じてる
やっぱり何かを始めるとき、呼びかけるとき、こーゆーことしてますっていうとき
周りの目、周りの評価、周りの声が気になっちゃう
きっとみんなにこー思われるんだろうなとかあーだろうな、とかね。
でもそのみんな、って誰なんだろう?
みんなって思ってるけど、そーやっていってるのって実は自分の勝手な妄想だけだ実はそんなこといって人いなかったり。
実はいたのかもしれないけどそれはごく一部の人だったのかもだったり。
写心の学校の校則で
共感してもらえることが当たり前だって思わない!
人はそれぞれ育ってきた環境、感じることがみんな違うから
だから相手に対しても理解はすればいいけど共感しなくてはいけない
ということではない
っていうのすごい納得した
だからそんな中で、共感し合える瞬間ってのはまさに奇跡の瞬間であり、喜びだよね~♡
えーっと結局何が言いたいのかと言うと、
自分はじぶんのおもったとーりになるのであれば自分のことちゃんと労ってあげれば自分のことちゃんと大切にしてあげたら、自分のことちゃんと信じてあげたら、目の前の現実もそーなっていくんじゃないかな!
わかんないけど!
まだまだ発展途中だけども!
そー感じれるってことはきっとそーだ!