父が死んだ日のこと | 普通が一番 rieddのブログ

普通が一番 rieddのブログ

特別じゃなくて良い。いつも普通が一番。母の教えです。

大曲の最後の花火の音と合わせるかのように、父は息をするのをやめた。
その年は忙しかった。
1月に10年ちょっと連れ添ったダンナと別れた。
4月には長く世話になった会社を辞めた。
6月には総務省の海外派遣でコスタリカに行った。
そして今父が亡くなった。
父には分けるほどの遺産もなく、兄貴が東京の家を相続して私は代わりに母から生前贈与として1年に60万円を5年間、つまり300万円を貰うことになった。
だから日本を離れ、自転車を持ってマレーシアに向かった。
それまでも別れたダンナと一緒にトライアスロンをやっていたので自転車には慣れていた。ただレースではなく荷物を背負って身体ひとつでサイクリング旅行がしたかった。その練習も兼ねて、クアラルンプールからマラッカまでのコースを走った。熱帯雨林の中を真っ黒になって自転車を漕いだ。
サイクリングの目的地は英国。その年は雨が多く出発の日も雨が降っていた。ロンドンを出発して40日間、北はエジンバラ、西はダブリン、ランズエンドまで、肌でイングランド、スコットランド、ウエールズを感じることができた。すごいタフな旅だった。
そして冬にかけてネパールに入った。その時のネパールは選挙を控え、国中がすごく熱くなっていた。ネパールの人達は夢にあふれ、優しく、凛々しく見えた。お金は無かったけどみんな明るく楽しそうだった。離婚や父の死で傷ついていた心がふわっと溶けた。その次の年私はネパール語の勉強をすべくネパールに戻って来ていた。それが今日に続いている。