いざ、鎌倉【ドラクエウォーク】 | りえの独り言

りえの独り言

出身は北海道、大阪にきて十数年
結婚して、家建てて、そんな記録も載ってます
冒険記、食べ物記録、その他もろもろ

 

この記事の内容は2025年8月のものです

 

こんばんは、りえですうさぎ

 

東京2日目、この日は鎌倉へ✊

 

ドラクエのために笑い泣き

 

「関東は私に任せて!」とゲームやってないのに

 

付き合ってくれる友ハートのバルーンLOVEハートのバルーン

 

たぶん、ドラクエもやったことないと思う…w

 

 

鎌倉への電車はびっくりするほど空いてたバス

 

東京ってものすごい混雑してるとこと

 

めちゃくそ空いてる路線と差がはげしいよね

 

京都ー大阪間はだいたい混んでるのにキョロキョロ

 

 

ついて早々ちょっとコーヒー飲みに

 

 

27 COFFEE ROASTERS KAMAKURA

 -Cafe & Beans-

 

なげーな、名前

 

読む気にならんw

 

 

この時、9時半

 

朝早くからやってるみたい

 

 

暑いからアイスカフェオレよ音符

 

 

この日もものすごく暑かったのよ

 

大阪より少しはマシだけどね

 

 

せっかくなのんで

 

鶴岡八幡宮へ来てみました

 

 

武家社会が誕生した鎌倉時代。

かつて、鎌倉の地は国の中心でした。

その当時、「鎌倉の守り神」、「武士の守り神」として人々の精神のよりどころとなっていたのが鶴岡八幡宮です。

 

 

始まりは、鎌倉幕府を築いた源頼朝公の祖先源頼義が、京都の石清水八幡宮を勧請(神様の御分霊を他の地に還し祀ること)したことです。

頼義は石清水八幡宮を篤く信仰しており、源氏の氏神として八幡神を鎌倉の由比ヶ浜辺に祀りました。

その後、源頼朝公が現在の地にお還しし、鶴岡八幡宮の基礎を造りました。

 

 

本宮は階段の上

 

 

御祭神

応神天皇・神功皇后・比売神

古くより源氏の氏神とされ、「武運の神」としても全国で信仰されました。

 

階段上からの景色

 

 

来た道とは違う道で戻ります

 

とても気持ちの良い小道がありました音符

 

 

由比ヶ浜海岸より八幡宮へ一直線に延びるおよそ2kmの参道・若宮大路。

京都の朱雀大路になぞらえ、源頼朝公が鎌倉の街づくりの第一歩として、また、妻・北条政子の安産を祈願して、頼朝公自らの指揮のもと、御家人たちが土石を運んで築造したと伝えられています。

 

歩いてる時はまったく知りませんでしたねアセアセ

 

長い歴史の中、たくさんの人が歩いた道だったみたい

 

最近できたかのような綺麗な道だったキラキラ

 

 

 

駅に戻り、鎌倉の大仏を目指します

 

駅から大仏まで歩いんたんですが、

 

道も狭いしベビーカーはちょっと大変そうだったアセアセ

 

 

ここは外人さん多いな

 

 

拝観料は300円

 

鎌倉大仏殿高徳院

 

 

あ、外にあるんだって思った記憶w

 

 

ちょっと写真悪すぎやしないかい

 

 

ゲット

 

 

写真写りが特別悪いわけではなさそう

 

 

ここって大仏様しかいないのねキョロキョロ

 

これだけ。

 

ぐるっと回れる

 

 

背中には窓?があった!

 

ほんとは長谷寺とセットで行くんでしょ?

 

ちょっと暑いのとチビ連れベビーカーは辛いので

 

割愛っ!

 

またいつかね!笑