この記事の内容は2025年8月のものです
こんばんは、りえです![]()
東京2日目、この日は鎌倉へ✊
ドラクエのために![]()
「関東は私に任せて!」とゲームやってないのに
付き合ってくれる友
LOVE![]()
たぶん、ドラクエもやったことないと思う…w
鎌倉への電車はびっくりするほど空いてた![]()
東京ってものすごい混雑してるとこと
めちゃくそ空いてる路線と差がはげしいよね
京都ー大阪間はだいたい混んでるのに![]()
ついて早々ちょっとコーヒー飲みに
-Cafe & Beans-
なげーな、名前
読む気にならんw
この時、9時半
朝早くからやってるみたい
暑いからアイスカフェオレよ![]()
この日もものすごく暑かったのよ
大阪より少しはマシだけどね
せっかくなのんで
鶴岡八幡宮へ来てみました
武家社会が誕生した鎌倉時代。
かつて、鎌倉の地は国の中心でした。
その当時、「鎌倉の守り神」、「武士の守り神」として人々の精神のよりどころとなっていたのが鶴岡八幡宮です。
始まりは、鎌倉幕府を築いた源頼朝公の祖先源頼義が、京都の石清水八幡宮を勧請(神様の御分霊を他の地に還し祀ること)したことです。
頼義は石清水八幡宮を篤く信仰しており、源氏の氏神として八幡神を鎌倉の由比ヶ浜辺に祀りました。
その後、源頼朝公が現在の地にお還しし、鶴岡八幡宮の基礎を造りました。
本宮は階段の上
御祭神
応神天皇・神功皇后・比売神
古くより源氏の氏神とされ、「武運の神」としても全国で信仰されました。
階段上からの景色
来た道とは違う道で戻ります
とても気持ちの良い小道がありました![]()
由比ヶ浜海岸より八幡宮へ一直線に延びるおよそ2kmの参道・若宮大路。
京都の朱雀大路になぞらえ、源頼朝公が鎌倉の街づくりの第一歩として、また、妻・北条政子の安産を祈願して、頼朝公自らの指揮のもと、御家人たちが土石を運んで築造したと伝えられています。
歩いてる時はまったく知りませんでしたね![]()
長い歴史の中、たくさんの人が歩いた道だったみたい
最近できたかのような綺麗な道だった![]()
駅に戻り、鎌倉の大仏を目指します
駅から大仏まで歩いんたんですが、
道も狭いしベビーカーはちょっと大変そうだった![]()
ここは外人さん多いな
拝観料は300円
あ、外にあるんだって思った記憶w
ちょっと写真悪すぎやしないかい
ゲット
写真写りが特別悪いわけではなさそう
ここって大仏様しかいないのね![]()
これだけ。
ぐるっと回れる
背中には窓?があった!
ほんとは長谷寺とセットで行くんでしょ?
ちょっと暑いのとチビ連れベビーカーは辛いので
割愛っ!
またいつかね!笑




















