数日後の夕方。
奈々子は会社を出たところで、空を見上げた。
「雨だ…」
さっきまで曇っていた空から、細かい雨が落ちてきている。
傘を持っていなかった奈々子は、少し困った顔をした。
その時だった。
「奈々子?」
後ろから声がした。
振り向くと、孝が立っていた。
「孝!」
孝は少し笑った。
「偶然ですね」
手には黒い傘を持っている。
奈々子は少し照れながら言った。
「私、傘持ってなくて」
孝は一瞬考えてから言った。
「よかったら、駅まで一緒に入りますか?」
奈々子の胸が少しドキッとした。
「いいんですか?」
「もちろん」
二人は一本の傘の下で歩き始めた。
雨の音が静かにアスファルトを叩いている。
距離が近くて、奈々子は少し緊張していた。
(こんなに近いの初めてかも…)
孝の肩が時々触れそうになる。
しばらく歩いてから奈々子が聞いた
「孝って、お弁当作ってるんですよね」
孝は少し笑った。
「この前の公園のこと?」
「うん。厚焼き玉子おいしそうだった」
孝は思い出して笑う。
「浩二さん、勝手につまみ食いしましたけどね」
二人は同時に笑った。
奈々子はふと聞いた。
「孝って…料理好きなんですか?」
孝は少し考えてから言った。
「落ち着くんです」
そして小さく続けた。
「考え事するときとか」
奈々子はその横顔を見た。
優しくて、少し遠くを見るような表情だった。
(やっぱり好きかも…)
でも同時に、奈々子の頭には
浩二と話している時の孝の表情が浮かんだ。
胸の奥が少しだけざわつく。
駅の入り口が見えてきた。
「ここまでですね」
孝が言う。
奈々子は少し名残惜しく感じた。
「うん…ありがとう」
二人は改札の前で立ち止まる。
その時、孝のスマートフォンが鳴った。
画面を見ると、そこには
浩二
の名前が表示されていた。
孝は少し驚いた顔をした。
奈々子はその名前を見て、
胸の奥でまた小さな波を感じていた。