この日記始めたてなので、
発症までの過程を説明します。
ちなみに診断をうけたのは、
2005年6月です。
思い返しでも書いたとおり、我が家にはお金がなかった。
なので・・・
大学生のころの生活状況
・夢は薬剤師ではなく、研究職。
・仕送りナシ、育英会第2種10万円と自身のバイト代で生活。
(国立大学だからできたんだろうなぁ・・・・授業料、家賃、生活費すべて自分でだしました。)
・バイトは配膳(平日たまにと、土日祝)
・大学も入れると完全に休日なのは月1回あるかないか(仏滅の土日はバイトが休みであることが多いため)。
・前期の一般教養のテストは7月、専門科目のテストは9月。
・後期のテストはどちらも2月。
・一般教養は2年次で終了。
・2年後期まで一般教養も、専門科目もオール優。それにのみ自分の存在価値を見いだしていた。
・一般教養のドイツ語で初めて良をとり、成績にかんして少しどうでもよくなったりしていた
・4年後期にバイトをやめてからは研究室から毎月5万円ほどもらって生活をしている。
以上を踏まえた上で過程をどうぞ。
・・・・始まり・・・・
大学2年の5月
授業料納付、教科書代のことなんかで悩む。
毎日、講義の休み時間に周りがワイワイ騒いでいるのが嫌な気分。
悩みがない(わけないんだろうけど)様に見える周りがウザイ
このころは仲良くしていた友人もオーラを察してか、話しかけてこない。
講義を聴くこと、バイトで稼ぐことに自分を見出すしかない毎日。
前カレ(嫉妬心全人類の中で最高値の255;ドラクエの能力最大値(笑)、サド度255、それでいてプーたろー)に苦しめられる。
男のケータイのメモリ消せとか、なんとか・・・
このころ、甲斐性ナシの前カレのケータイ代をウチが払い始める。
また、朝起きれない、寝すぎるなどの症状にも見舞われ、
心療内科に駆け込む。
軽いうつ病と診断されるも、薬を飲むと眠くて大学生活どころでなく、
薬も飲まず、通院もやめる。
大学2年の7月ぐらい
一般教養のテストなど忙しさで、気分が沈んでいたことなど忘れる。
なんか知らんけど治ったわと勘違いする。
大学2年の10月
9月に専門教育のテストがあったため、
バイトを休んでいたあたしは生活費に苦しむ。
教科書代すら怪しい状況・・・
それでいて学祭で、あまり有名でないアーティストを呼んだせいで
チケットが売れないとかで、全員強制購入で金をむしりとられる。
このときもしばらくすると、生活も安定し、気分が沈んでいたことなど忘れる。
大学3年の5月
同様に沈む。
五月病だろうとほっとく。
しばらくすると良くなる。
大学3年の9月
専門教育のテスト期間中、毎日ゲーセンに通う。
毎日1万円くらいを使うこと2週間くらい
このころから金遣いが特に荒くなる。
大学3年の10月
研究室に配属になる。
ようやく希望の実験の日々が送れることに対し、希望を燃やす。
配膳のバイトをやめ、楽な塾講師のバイトを始める。
当初、ワンツーマンの指導のみを行なっていたが、
生物の講義をしていたヒトが辞めたため、その講義をやらされることに。
完璧主義の自分にとっては結構負担だった。
研究室は土曜日もあるが、土曜はバイトのため、昼までで帰ることが多かった(教授の了承あり)。
また、平日も塾に行くこともあった。
大学3年の12月
初めて出した授業料免除の申請に不許可がおりる。
(注;国立大学では成績がよくて、経済的にかなり厳しいと授業料が免除される)
それで、大学院への進学も無理だと思い込んで、沈む。
このころ、朝起きれないなどの症状が出て、以前とは別の病院だが、心療内科に行く。
その病院ではあまりはなしを聞いてもらえず、ただ薬を出されたのみ。
その後、通院を続けることはなかった。
2週間ほど研究室から休みをもらって療養。
その後症状は落ち着く。
大学4年の5月
前カレとようやく別れる。
2週間ほどストーキング被害に遭う。
大学4年の7月
今カレと付き合い始める。
大学4年の10月
1つ上の先輩に研究室の雑用ができていないことを注意される。
バイトしていて研究室になかなかいられないせいでできていないとおもったあたしは、
バイトをやめる。
このとき拒食の症状がでる。
大学4年の1~3月
国家試験の勉強をする。
なかなか取り掛かれず、
結局最後の2週間ぐらいしか勉強できず。
このころ、イチゴを使ったお菓子にはまり、
食べまくる(過食気味)
6Kgほど太る。
大学院(今現在M1)に進学してからの生活状況
・アルバイトはしていない。
・奨学金約9万と研究室からの5万で生活。
・・・発症・・・
M1の5月
朝起きれない症状がひどくなる。
学校に行っても午前中は体がだるくて机に座っているしかできない日々が続く。
このころ、大学の学生相談室に行き、大学病院の精神科の先生を紹介してもらう。
眠剤などを飲み始める。
また、化粧品に対する執着心は強く、浪費する。
(家賃以外の生活費をすべてカレに出してもらう状況)
M1の6月
ちょっとしたことで、カレとの別れ話になる。
このとき、自傷行為がでる。
モノを破壊する。
ネットサーフィンしたところ、ある人格障害に症状が似ていることから、
精神科の先生に相談する。
人格障害ではないと明言され、うつだと診断される。
このころからきちんと薬を飲み始める。
また、顔へのコンプレックスから、化粧をしないと外にでれなくなる。
(今まではほとんどすっぴんだった)
M1の7月
飲み会の幹事のことで、もう1人のM1ともめ、決裂する。
注:もう1人のM1は認めたヒトのゆうことしかきかない、自分から積極的に働きかけたりしない、気分屋で、
こっちが上手く誘導してやらないと動かない人
また、あたしの研究室では、飲み会などの幹事はM1の仕事。あたしの代のM1はあたしとこのヒト(↑)の二人
飲み会が迫ってくると拒食の症状がでる。
幹事の事ではもう1人のM1の子をあなたが上手く扱ってあげないとといわれ、あたしが悪いみたいな事をいう人もいた。また、いろんなイチャモンをつけてくるひともいた。
M1の8月
今度は顔だけでなく、見た目に対する執着心が強くなり、
服に10万ほどつぎ込む。
自分のお金ならまだしも、カレのお金を借りて・・・
このことでもけんかになり、
自傷行為がでる。
で・・・現在に至ります。