理解すること、歩み寄ること | ドバイ・パームジュメイラ在住ママ社長五十嵐りえのブログ

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子供から色々と学ばさせてもらうことの多いわたし。

前回のブログでも書いたように、色々考えさせられること多々。

きっと、わたしの場合は子供がいることによって学べる事が多いので、現世ではお母さんという役割を与えていただいているのかなと思っています。

なので、子供がいない方たちは、また子供がいない事によって学ぶことがあるから、現世ではそうなっている、

もしくは、『今』はそうなっているのだと思っています。(突然授かったりすることもあるのでね。。)

なので、子供がいるから凄いとか、偉いとか、そういう考えは全くありません。


さて、前回のブログの続きにはなりますが

子供達は自分達でテーマを決め、それに対し深く考え、自分達なりの答を出し、それを発表していました。

展示ボードに張られた沢山の自分達の言葉や、考え、、全部チーム5人で作成したものらしいのですが

その言葉一つにとっても、あの子とこの子で意見が違った事もあるかと思います。

でも、自分達でどれにするか、もしくは、また違う答えを導き出したりしたそうで、


気づきのシェアにも、極シンプルに書きましたが、けんかする時、もめる原因、争いごととは、それぞれの人たちの自分の中の意見、常識、正論と相手とのそれとのぶつかり合いから生まれる事がほとんど。

その人たちはその人たちの文化、生い立ち、経験、男か女か、社会的地位、役割、、etc みんな色々持っているものが違うわけです。

その中から自分というある一定の角度からの答えなので、

それがまた角度が違う人からすると、正反対の答えになったりするわけです。

だけど、当事者からしたら自分の意見が正しい答え。。。

それがぶつかり合うわけですよ。。。。



子供達が通っている学校は、人種もさまざまなため、自分がもっている日本人としての常識が通用しない事もあります。

ですが、自分を相手にまるまる染まるわけでもなく、相手を非難することもなく、

上手にお互いに、お互いを理解しあい、あぁ、そういう考えもあるんだなと、自分が持っている一定の角度以外の見方というもの、多方面からみたものの考えかたを学ぶというのは

これから平和と愛に満ちた社会を目指してもらいたい子供達には、傷つく事もあるかもしれない、、だけどもっともっと全力で向かっていって欲しいと思っています。



この辺の上手な折り合いの付け方、なかなかすぐには身につくものでもなく

自分の感情の処理の仕方、相手の意見の受信の仕方、、、、結構それなりの修行が必要です。

わたしも、完ぺき主義、理想主義、自分の正義というものを人にも押し付ける人だったため、

この辺ではかなり苦労してきましたよ。。

でも、色んな経験、立場、環境、、文化に触れているうちに、物事を、一定からしか見えなかったものが、だんだん色んな角度から見えるようになってきました。

(親になったらわかるよ、と言われていたこと、、、親にならなくてもわかる人は沢山いると思いますが、私は親になってわかったこと、気づいたこと、沢山ありました。)

悟りを開いたお釈迦様は、これが、『上』から見えている状態。

凡人が、二次元でしかものが見れないのにたいして、お釈迦様は三次元から見ているような感じでしょうか。。

これは俯瞰ともいいますが、物事など、この俯瞰をするには、個という自我、エゴをすてないとなかなか出来ないわけです。

キリスト経の隣人を愛せよの教えも、この為に必要なんだと感じています。

隣人を自分と同じように愛せたら、相手の中の常識、正しさを自分の事のように理解することができ、歩み寄りができますものね。

やはり、究極は『愛』だなぁ、、といつも思います。


わたしは、この世に生まれてきたのは魂の修行の為だと本気で思っていますが

少しずつでも、『学んだこと、頭ではわかっていること』を実際に『実行する』ことが日々の修行だと思ってます。


ドバイというこの土地は、200カ国の人々が集まり、修行するにはもってこいの場所、、、という事でしょうか。笑

日々、愛を学んでいます。

お導き下さった神さまに感謝でございます。


続く



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