「やりたくない事はやらない」
と、出来ないのは私が悪いのか。
性格的に、
「大抵の人がやりたくない事で、私も出来ればやりたくない事」
なのに、
「それでもやれそうだからやるか」
という事が多々ある。
まあそれは結果自分から
「やる」
と言ったんだから仕方がない。
でも。
「やるはずでなかった重責を何となくやらされていて、もう流石に辞めたい」
と言ったけど
同じように「辞めたい」と言っていた人に
「無責任には辞められないよね~」
(私に言った訳ではない)
と言われてしまえば、
辞めたいと言っている私がまるで無責任なよう。
断腸の思いで継続を決めたものの、
開けてみればやっぱり重責を担う気配。
そんな時、
「私は搾取されている」
と感じる。
断れない、困っている人を見過ごせない、
誰もやらないなら私がやる、
みたいな性格を察知した人達に「搾取されている」気がする。
それではいけない。
「嫌なら辞めればいいじゃん」
が正解なんだろうが、
それが出来ないから搾取されるのだ。
と言うか、
「搾取されている」
と感じてしまうのだ。
おい私、
せめて「これは私の意思でやっている」と思い込め。