サロンに来てくださるゲストさんから
「もう少し長くできたらいいのに」
「延長出来たら嬉しいです」とか
言われることが多くなりました。
こちらとしても
静かな寝息を聞いていながら
起こすことが恐縮されることがしばしば。
5,6分はそれでも長くしてましたが。
という事で
今月から延長を承ることにしました。
10分毎にプラス1000円
最長は20分、でしょうか。
予約時にお申し付けくださいませ(⌒‐⌒)

梅雨の時期に入りました。
この時期になると
体調が思わしくなかったり
スッキリしなかったりと
なんとなくモヤモヤ、ウツウツと
しがちになります。
気圧の関係で人の身体にも
少なからず影響がでるようです。
そんな時は
無理しない。
頑張らない。
頑張らないって、実は
覚悟がいるので勇気もいります。
頑張ることの方が実は楽だったりします。
そこは勇気を出して頑張らない。
鋭気を養う時間も必要です。

リラックスしにお越しくださいませm(__)m


支援事業所に飾ったパステルアート。
梅雨時期ですが
夏の季節の始まりでもあります。
という事でヒマワリ描きました。

季節が移ろっていきます。。。



ロップの死から立ち上がれないまま
幕張のファンタジーオンアイスの
楽日がやって来た。
以前から楽しみにして
チケット握りしめていたものの
沈んだ心がなかなか上がらない。
「楽しんでおいで」って旦那さんに
背中を押されやって来ました幕張メッセ。


結果
やっぱり羽生結弦は凄かった…
Toshlさんとのコラボレーション
歌は「マスカレイド」
Toshlさんの澄んだ迫力ある叫びのような歌声と
羽生くんの鬼気迫る魂の演技が
歌に演技が、演技に歌が
絡み付く、まとわりつく、纏う、
そして一心になる。
ディーバとミューズの織り成す舞台。
感動が震えに変わっていきました。
一流ってこう言うことなんだと。。。

思いきって行ってよかったです。
何か
こんな時でも幸せになれた。

ありがとう。。。


そして、
先週末は仙台でのファンタジーオンアイス!
先行抽選で当たったチケットを
またまた大事に握りしめて
幸せになりにいきました。


地元ならではの歓声も相まって
ものすごい盛り上がりに
ただただありがとうって気持ちが
沸き起こりました。
羽生くんだけでなく、
Toshlさんの優しい人柄も知ることができて
来れてよかったぁ、です。

私も前に進まなくては。。。

ちょっとづつ
頑張ります。。。



リンパトリートメントとか
リンパドレナージュとか聞くと
どうしても
リラクゼーションのイメージ強くなってしまいます。
もちろん、そうでもあるのですが
それだけではなく、
美容効果や健康効果のみならず
筋肉疲労の回復にも
リンパトリートメントは役に立つのです。
だから、
24時間のフルマラソンの番組で
マラソン走者の方に
休憩中にリンパトリートメントを
施している場面を見たときには
とても嬉しかったのです。

以前通っていた整骨院の整体師の方が
「整体の治療ではなかなか治らなかった方が
唯一効果を感じたのがリンパマッサージだったというんです。だから、とても興味があるんです。」と、言ってくれました。
私自身、リラクゼーションに留まらず
広くリンパドレナージュの良さを知って欲しくて、講座や講習会、研修会の講師をしたりして
啓蒙に努力してきました。
今ももちろん頑張って広めようとしています。
アスリートの方もこれから
競技後のケア、メンテナンスとしてリンパドレナージュも選択肢のひとつとして
取り入れてくださると嬉しいです‼️





去る5月24日
愛犬ロップが旅立ちました。
17歳3ヶ月でした。
ずっとずっと覚悟はしていたはずなのに
魂を持っていかれたような
抜け殻になってしまいました。

人は人生で
何度の別れを経験していくのでしょう。
それが
生きること、なのかもしれませんが…



ロップ
たくさんの幸せありがとう

愛してるよ…

初めてリンパトリートメントを
受けられた方に
「触れられた後からふわーって
流れが良くなっていくのが分かります!
身体が温かくなってきて気持ちいいです」
と言われました。
不思議ですねぇ。
触れてるだけなのに、
撫でていくだけなのに、って
ひとしきり感心していらっしゃいました。

リンパ管は
決められたリンパ節に流れていきます。
正しい方向へ正しい手法で
正しく流していけば
老廃物の流れを促し排出してくれます。
血流も良くなりますので、
温かくなるのでしょうね。
揉みほぐしていくマッサージとは
ここがひと味違う、かなぁ。
ぜひ試しに来てみてくださいね(⌒‐⌒)





ここのところ、
とても寝ていることが多くなりました。
体調を崩しやすく
食事も思うように
取れなくなって来てますが
少しでも、と頑張って食べようとしています。
自分が居なくなったらお母さんが心配だって
ロップは思っているのじゃないかしらって。

健気すぎて…

こんなに頑張ってる子に
もう、
頑張れって言えないです…

切ないです

ヘアサロンに1年ぶりに出掛けてきました。
天然パーマなので
縮毛矯正が取れてくると
まあ収集のつかないことつかないこと!
我慢して我慢して
やっとこさ出掛けました。
ここぞとばかりにカット以外にも
ミストにトリートメント。
自分への贅沢です。
と、はたと思いました。
髪って目にみえて傷んでいたり
乾燥していたりって分かるから
何とかしたいって美容院に行くけれど
身体だって見えないだけで
傷んでいたりするわけで
実は痛んでいたりするのかも。
自覚しているのに
なかなかそこまで手を回せない…
多分心当たりのある方は
きっと多いのではないかと。
同じ身体の一部。
髪と同じように身体のケアも
してあげるべきですよね。
見えない身体のメンテナンス。
年に一度なんて言わずに
2ヶ月や3ヶ月に一度
髪と同じぐらい身体へも
労って、かまってあげなきゃね。
(自分への反省をかねて(;゚∇゚))




長かったゴールデンウィーク。
1日だけワンコを預かっていただいて
石巻、女川に行って来ました。
食べたかった海鮮丼を食べてきました。
ワンコのことを気にして
なかなか出掛けられませんでしたが、
思いきって出掛けて
ちょっぴりリフレッシュできました。

いつもの時間が
また流れていきますね…
4月29日は結婚記念日。
昭和最後の前年に式を挙げて
平成最後の前日に
32回目を迎えました。
昔は天皇誕生日、からのみどりの日、
からの昭和の日。
この30年で3回名前が変わる祝日も
そうそうないのでは(笑)


そして、
仙台市地下鉄国際センター駅前では
羽生結弦君のモニュメント除幕式。
せっかく羽生くんの1日乗車券を
ゲットしたので
記念に行って来ました。



人がいっぱいだったので
駅側から撮影しました。
文字も逆になりましたが
とっても立派で素敵でした。

せっかくここまで来たので
フィギュアスケート発祥の地
「五色沼」へ

30年以上も仙台にいて
実は初めて来ました(笑)
ここも聖地になっていくのですね。

仙台は不思議な土地です。
関東や関西のような華やかさはないけれど
地道で真摯で実直で爆発的な力を持っている。
だから、
世界でも通用する人たちが
生まれるのでしょう。

「夢は持つものではなく叶えるもの」
若い人たちだけではなく
私たちだってまだまだ活けるのです。
なんて(笑)


ソメイヨシノは終わりましたが
八重桜が見事な
国際センター駅前でした。。。
すべての人の天命は
「笑顔で楽しく生きること」
「結果として」「あなたの知らないところで」
「誰かを笑顔にすること」になる。
これが
すべての人の天命、だという言葉を
知りました。

サロンをしていて、
来てくださった方からその時に
感想をいただくこともありますが
後日、メールで
お礼をいただくことがあります。
一晩たって、
リンパトリートメントによって
自分の変化を感じてのことが多いのです。
一番多いのが
「ぐっすり眠れました!」という事。
ずっと冷え性で寝付きが悪かった方や
あまり眠れた感じがしないまま
朝を迎えるなどの方からの朗報。
加えて身体の軽さを実感していただけての
メールです。

嬉しいですねえ。
メチャクチャ嬉しいです。
私のしてきていることは
相手だけでなく、施術してきた私も
笑顔になれて、そして、
喜んでもらえること。

自分も
いつも笑顔でいられるような
生き方をしていきたいと思います。




グランディ21の公園の
昨日の様子です。
ソメイヨシノが満開でした。

今月20日は
羽生結弦君のモニュメント発表日。
仙台に羽生くんが帰ってきますね。
残念ながら抽選に漏れてしまって
参加はできませんが、
生配信で
元気な姿を見届けたいと思ってます。
羽生くんに桜が届きますように(⌒‐⌒)

1月は行く

2月は逃げる

3月は去る

あっという間に3ヶ月は過ぎてしまう

例えだそうですが、

もう4月を迎えました。

新しい元号も決まり、

心新たに引き締まる思いです。

 

ロップも2月に誕生日を迎え

17歳になりました。

家に来たのが17年前の4月25日。

生まれてから多分2ヶ月くらいだろう

とのことで2月25日を誕生日としました。

この子は1度保健所に連れていかれそうになった所を

近所のおばちゃんに助けられました。

けれど、そのおばちゃんちは

7ヶ月のワンコを亡くしたばかりで

飼って上げられる余裕はありませんでした。

当時、私の家では犬は飼いたいけれど

姑もいて、買うつもりはなく、

野良犬が後を追って来て、飼わざるを得なくならないかなあ

なんて事を真剣に考えていました。

そんな時に「飼わない?」と声をかけられたのでした。

運命の出会いだったのかもしれません。

月日が流れ、そんなロップも

介護生活が始まって1年半位になります。

昼夜問わずひっくり返ったり、ぶつけたり

泣いたり、吠えたり

下痢が多くなったりと大変な時期もありましたが

寝てる時間が多くなってきたこの頃、

ちょっと介護が楽になりました。

それはそれで切なさも加わり

寝顔を見ては鼻先がツーン…

 

来たばかりの頃のコロコロ真っ白な時期とか

後追いしてはクオン、クオン泣いていた頃の事とか

帰宅を全身で喜んでくれたこととか

寝顔と重なっては、聞こえぬ耳に近づいて、

そっと名前を呼んでみたりします。


年を取っても

やはり可愛さは変わらないと思うのは

まだ親バカです(笑)






先月終わった世界選手権フィギュアスケート
結果や成績ではない記憶を
この方は残してくれています。

感動を
心からありがとうございました。


「背中を(施術)してもらうのって
何でこんなに気持ちいいのかしら。
ストンと眠りに落ちてしまう」
リンパトリートメントを受けた方から
よく言われる言葉です。

背中って
見ることも触ることも自分では
出来ない場所。
身体の中では1番の無防備な場所。
だから、尚更
人の手が触れると
安心が得られるのでしょうね。

安心しての寝息が聞かれると
こちらも心地よいまどろみを
感じることさえあります。
私まで癒しをいただいちゃってます。



今日は満月。
鮮やかな月明かり。


恐れ多いですが、
この方の背中も
癒してあげたいものです…





このブログは個人的な思いを
この日によせて書いたものです。
8年を迎えて
ようやく書けるようになりました。
とてもとても長い文面になります。
スルーしていただいても全然かまいません。






2011年3月11日
あの日は当直のために軽く昼寝をした後、
出かける準備をしていた時だった。
大学が春休みで帰省していた娘も
友人と会うと言って準備をしていた14時46分、
激しい震れと同時に携帯電話から
けたたましい地震警報が鳴り響いた。
右に左に激しい揺れが強くなったり
弱くなったりしながら
いつまでも止まらなかった。
そばにいた愛犬のロップも隅の方で縮こまり、
ぷるぷると震えながら失禁してしまっていた。
大丈夫だよ、大丈夫だよ、と抱え込み
ガチャン、パリンと物が壊れる音、
ギシギシと激しく気踏む音を耳にしながら
娘と一緒に抱き合い
「長いよ~、あっ、また強くなった」
「そこ危ないから、もっとこっち」と
声掛け合いながら
ただひたすら時を過ぎるのを待った。
長い長い時間だった。
電気は消え、ストーブも消えていた。
携帯も繋がらない。
家の中は
足の踏み場を探さなければならないほど、
全ての物が雪崩たように散乱していた。
途方にくれた。
夜勤に出掛けなければならなかった私は、
とりあえず毛布をリビングに用意した後、
娘と愛犬を残し出勤した。
後ろ髪引かれながら…

病棟でも倒れた戸棚や開き戸、
カルテに資料の整理、患者さんをデイルームに
集めて安全を確保していた。
日勤の人も何人か残ってくれての当直。
唯一の情報源がラジオだったが、
状況が読み取れない私たちは
ラジオから流れる意味が飲み込めない。
「石巻の海には何十人、
何百人という遺体が浮かんでいます」
「暗闇のため、
その人数が把握出来ておりません」
遺体?
何十?何百?
なぜ?何?いったいどうなってる?
余震が頻回に続く中、その度毎に
患者さんを落ち着かせ、懐中電灯で
灯りをとり、照らしながら、
仮眠のとれない夜勤が終わった。
長い夜だった。
その後に引き継ぎ、何とか帰宅。
一人と一匹残してきてしまった。
どんな夜を過ごしただろうと
胸が潰される思いで帰宅した。
家に戻ると散乱したリビングの中、
ソファーに愛犬と抱き合いながら
ウトウトしている娘の姿があった。
会社から帰れないでいた主人が朝早くに
短い時間何とか帰宅し娘にラジオと懐中電灯、
簡単な食べ物と飲み物を用意してくれ、
また職場に戻っていったらしい。
「ロップもずっとぷるぷる震えてるし、
クンクン、スピスピ泣くし。
弱いものがそばにいると強くいられるね。」と、疲れた表情で微笑んでいた。
その後、安心したのか、
深い眠りに入っていった。
神様の采配…
娘が帰省してくれていて良かった…

壁の壁紙にいくつもの亀裂が入り、
中のセメントボードが剥き出しになっていた。
バイクが倒れていたり、
本棚が倒れていたりしたものの、
家はなんとか持ちこたえてくれていたので、
取り敢えず足の踏み場だけを掃除し確保した。
水も止まり、電気もつかないので、
ホコリの被った石油ストーブを取り出し、
暖めた。
それからは、
ただただ命を繋ぐために奔走した。
水をもらうために小学校で6時間並んで
4リットルの水2本を確保した。
あっちのお店が開くらしいと聞けば
行って2、3時間並んでわずかな肉を買い付け、
こっちのお店が開くらしいと聞けばまた
2、3時間並んでパンを買う。
ひたすら、ひたすら並んだ記憶しかない。
部屋も片付けても片付けても片付かない。
職場に行けば、職員の家族や親類が
石巻や女川、松島にいて、
家が車が流されてしまった。
行方不明で見つからない。
親が、兄弟が、お祖父ちゃんが、
お祖母ちゃんが…
そんな会話ばかりが交わされる。
私のうちはまだましなんだ。
被災地だけど、被災者ではないんだ、
と言い聞かせていた。
4月に入り、
ようやく高速バスも動くらしいとの情報で、
娘はどうにか東京に戻ることができた。
並ぶことも、食事を心配することも、
片付けることも疲れてしまっていた。
そんな中、体調を崩して早退した。
家にもどり、テレビを付けると
スマップが写しだされていた。
義援金のお願いをしていた。
昼食をとりながらボーッと眺めていた。
食事が喉を通らなかった。
すると、突然涙が溢れてきた。
止まることを知らないように次から次へと
溢れてきた。
大声で泣いた。
ただただ、大声で泣いた。
泣いているうちに深い眠りに落ちた。
目覚めると西日がリビングに射していた。
震災から3週間がたっていた。

周りの人たちが、
あまりに壮絶な体験をしていた事で、
私くらいのは何てことないんだ、と、
言い聞かせていた。
けれど、
当時の恐怖や、仕事のために
一人と一匹残して来てしまった辛さや
テレビから写し出される津波や被害の苦しさ。
そんな事を私は誰とも話せないでいた。
私なんてこんなこと、大したことではないと
言い聞せすぎたのかもしれない。
些細な思いも口にして、誰かと
共有すれば良かったのかもしれないのに、
私はできなかった。
自分の重い思いに
押し潰されてしまったのかも知れなかった。
泣いた後、
ちょっと何かが落ちた気がした。

あれから8年の月日が流れます。
あの時の想いは、決して忘れられないけれど
あんな思いを誰かがしてはいけないと
思っています。
プライベートサロンを開業してから
様々な方が訪ねてくださいます。
震災のことだけではなく、心の苦しさや辛さ、
その方々の身体だけでなく
心のケアサロンとして、話せる場所に
なってくれたら、と思っています。
話すことは離すこと、そして、放すこと。
ちょっとでも心の重荷をおろしていただけたなら
幸せです。


長い話をお付き合い頂いた方、
ありがとうございました。